連載エッセイH
なくそうバリア、ふやそう心のバリアフリー
横路 由美子

 車椅子に乗っているYさんから、自身の障害について、そしてその目線からのまちづくりについて、話をしてもらったことがある。確か、彼は階段からの転落事故で20代初めに脊椎損傷による両下肢麻痺になった。
 恋人は札幌に、彼は恵庭に住んでいて、週末に札幌で会うためにはJRに乗らねばならない。当時、駅にはエレベーターも階段昇降機もなく、デートで電車に乗るたびに駅員さん2〜3人がかりでホームまで抱えて下さいと頼まなければならず、辛い思いをした。「ようやく昇降機ができたのは、結婚して札幌に住むようになってからでした」と苦笑していた。

 こうして障害を持った人たちが積極的に外に出て、大きな声で発言するようになってまちも変わっていく。あえて雪中デモまでやって、ツルツル道路の冬にも行動の自由を確保するのに懸命である。
 また様々な福祉機器の工夫、ITなどの技術革命によってバリア(不自由)な分野が少なくなっていく。携帯電話ができて「今まで利用できなかった電話ボックスに敵意を感じなくて済むようになったし、もうすぐ着くからと車で迎えを簡単に頼めるようになった」と話すのは、普段は車椅子だが自分で車の運転をするAさんの言葉である(もちろん、車椅子のまま運転できる車を持つことができれば、彼は乗り換える必要はなくなる)。

 数年前、障害を持った人たちと一緒にデンマークに福祉の勉強視察に行ったことがあるが、そのとき訪ねた「補助機具センター」の使い勝手のよさに感心した。高齢者も障害者も、極めて簡単な手続きで必要な用具を借りることができ、その一人ひとりの不自由さに応じてきめ細かい改良をその場でしているのに強い印象を受けた。
 何ヶ月もかかって何枚もの申請書やハンコのいる日本と大違いである。感心していたら、「困っている人が欲しいのだから急ぐのは当たり前でしょう。それに、必要としない人が、わざわざ欲しいとは言わないでしょう」と言われてしまった。

 2002年10月にDPI世界会議が札幌で開かれる。これは障害者インターナショナルといって、1981年に結成され、158ヶ国の加盟がある国連認証の組織である。これまで4年ごとにシンガポール、バハマ、カナダ、オーストラリア、メキシコで開かれてきた国際会議であるが、日本でも障害の種別に区別なく地域活動やアジアの人々と連帯をする活動をしてきた。

 いよいよ来年の第6回DPI世界大会の開催を目前にして、札幌の事務局は大忙しである。大学生の頃に自動車事故で障害を負った事務局長のNさんが、「人は障害を持っているか、これから何らかの障害を持つかの二通りである。障害者に使いやすいデザインやまちづくりは、みんなにも使いやすいユニバーサルなものである。なくそうバリア、ふやそう心のバリアフリー。様々な違いと権利を尊重し認め合う社会でありたい」と車椅子を手でこぎながら呼びかける彼の言葉は説得力がある。

 DPIを支え、長い間「障害児を普通学級へ」と運動の先頭に立ってきたSさんが亡くなって半年が経つ。彼女の目指したものが、建物や道路等のハード面や制度や法律等のソフト面にとどまらず、人々の心、社会総体のバリアフリーであることを思うと道遥かの思いもするが、第6回DPIがそのための大きなステップになってほしいし、札幌、北海道が大きく変わるチャンスであってほしいと願ってやまない。