連載エッセイG
戦争の悲しみ
横路 由美子

 東京の九段に衆議院の宿舎がある。もう築30年近くの9階建ての古い建物。わがパートナーは単身赴任状態で、そこから毎日国会に通っている。私も月に一度くらい大掃除に行く。

 宿舎から歩いて5分のところが桜の名所「千鳥ヶ渕」で、戦没者墓苑、無名戦没者の墓がある。今年は、時期を逃して残念ながら桜はほとんど散った後だったが、2、3人のお参りの人がいるだけで、楠の紅色の新芽が美しかった。

 入り口に大きな銅版の世界地図があり「先の大戦における主要戦闘地域別陸海軍人軍属戦没者数一覧図」総数2,121,000人と彫られている。目で追っていくと、「ソロモン諸島88,200人、ビルマ164,500人、フィリピン498,600人、シンガポール11,400人、…」というふうに戦死した人々の数がそれぞれの場所に書いてある。こんなにたくさんの日本の兵隊がこんなに広い範囲のアジア、太平洋地域で亡くなっていることを改めて再認識する。
 そして軍隊の中でこんなに多くの人が死んだのだから、その侵略を受けた現地の人たちの犠牲と被害は想像に余りあり、戦争の被害者は2,000万人以上、ヨーロッパ戦線を入れると第二次世界大戦の犠牲者は35,000万人を越すといわれている。

 数字をじっと見ていると、数字の裏にある一人ひとりのかけがえのない人生が見えてくる。遠い祖国の家族や恋人のことを思いながら、南のジャングルの中で、あるいは洞穴で重い傷や飢えで死んでいったのだということに胸詰まる想いがする。
 その中には学業半ば、学徒出陣の学生もいただろう。福岡の私の小学校の同学年には、父親が出征したあと生まれて、父は戦死、父の顔を知らない友が何人もいた。そのなかのひとりSさんのお母さんが去年80歳で亡くなった。「戦争中、上官の命令で弟のような中国の少年を刺さなければならなかった。私の一生の心の傷になりました。戦争の現実とはそういうものなのに、みんなその事実を忘れている」と数年前に話してくれた農家の人も亡くなった。
 こうして戦争の重い悲しみを背負って生きてきた人々もだんだんと年を取っていき、悲しみの経験もその死によって葬られていくのであろうか。

 憲法前文と9条の精神を守ることが流行遅れのように宣伝する人たち…。しかし、「平和に新しいも古いもない」と励ましてくださる多くの声を信じていきたい。