連載エッセイ50
命の輝きあふれる子どもたち
横路 由美子

 この春、下の息子の家に男の子が生まれて私たちの孫は3人になった。
 久方ぶりの赤ちゃんの到来に、小さな子が目につき可愛くてしかたない。幼児を連れて孤軍奮闘している若いママを見ると、40年も前、5才3才1才の子連れで里帰りする私自身と重なって、何とか助けてあげたくなる。

 福岡空港に迎えに来てくれていた両親も今はなく、今年で13回忌、17回忌を迎えた。私の姉が、いま難しい病床にあり、何度か札幌、東京、福岡を行き来しているのだが、姉の一番小さい5才の孫が大人たちに与えてくれる慰めや励ましは計り知れない。

 8月7日「第33回『障害』児を普通学校へ〜夏の集い」が札幌のかでる2・7で開かれた。未熟児網膜症を抱え、いま道庁で働くT君が未だ小さい頃から、亡きそのママに誘われほとんど毎年参加させていただいている。
 今年は、6年生のひろむ君とお母さんが、親子それぞれの友人たち何人かと出席してビデオやお話で、毎日の学校生活を語ってくれた。
 「ダウン症のひろむは、体力も知力も弱く、普通学級に入学する事は周りから見ると、驚く選択だったかも知れません。でも彼を特別支援学校でよりも地域の中で育てたいと思いました。ひろむに訓練をさせ少しでも健常者に近づけようとするより、彼の事をオープンにして地域の人に理解される方が彼自身、そして私自身も生きやすいような気がしたのです。その為に必要なのは同年代の友達で、普通学級に入学したのは友達作りのためでした。これまでの事を振り返るとどんな時も必ず友達がまわりにいた気がします。1年生の時は1年生のつきあい、4年生の時は4年生のつきあい…というようにまわりの子どもたちのひろむへの接し方も成長してきているなと感じています。そしてそれはやはり一緒にいることだからこそ生まれるものだと思っています。『分けないでみんなと一緒に体験する事が当たり前』という環境で過ごしてきた事がその笑顔にあふれていることを直接彼から感じてみて下さい」。

 会の終りに小さくグループわけして感想を言い合った。「うちの子は自閉症的といわれて悩んだのですが、父親がともかく普通学級でやってみよう、男の子でこんな子、周りにたくさんいたよと言ってくれてほっとした」とか「障がいにもよるけれど専門的訓練は必要だと思う面もある。でもいろんな人がいるのが当たり前の社会。小さい時から特殊な社会でなく当たり前の社会にいる事が誰にとっても大事」、「教育とは共育、障がいの無い子もそれぞれ学び育つ」。こんな会話が学校の保護者会で聞かれるといいなと思う。

 もう45才になる我が家の長男が1、2年生の時同じクラスにY君がいた。担任の遠藤先生が父母を含めみんなに「誰しも病気になったり、怪我をしたり人生の中でいろんな事が起きる。Y君は人とのお付き合いの部分で苦手な所があって困ったなと思う事もあるかもしれないけれどよろしく」というようなことをいわれたと思う。
 確かに授業中に大声を上げたり、急に教室の外に出たり、我が家に遊びに来てもグルグルと部屋の中を走ったり。でも彼は辞書を引いて調べる能力は抜群だった。
 その後父親の転勤で離れていったが、やがて東北大学に入り遠藤先生を訪ねてきてくれて先生にジンギスカンをごちそうになったそうだ。今は農業関係の研究者になった。
 長男は今、自分の二人の子育てをしながら時々Y君のことを思い出すという。

 教育も医療も専門化細分化し、子どもの少しの違いや個性が早い段階で発達障害、学習障害、注意欠陥・多動性障害、自閉症等と分けられ不安を助長している面もある。若い両親の悩みは深い。特別支援学校学級や早期発見は場合によっては大事なしくみだが、子どもは成長していくもの、親子の選択権も大切にして欲しい。

 戦争でいまだ失われるたくさんの命。飢餓や蔓延するエイズなどで失われる命。自然災害や人的災害、事故、貧困、虐待、いじめで失われる命。それぞれ大切な命。子どもは社会の宝物。
 尊敬する経済学者、正村公宏先生の多数の専門の著書に混じって1983年に出版された『ダウン症の子を持って』という胸を打つ著書が在る。
 「息子にとって『自立』は永久の課題である。しかし、彼がどうしても人の力を借りる事無しに生きられないという事もまた、否定しようのない事実なのである。私たちが、彼や彼の仲間のために心から願っているような人間味あふれる社会、それは決して彼らのためばかりではなく、むしろ私たちみんなのためなのだという事を理解していただきたい。」という言葉は、正村教授の「20世紀後半の日本政府は、経済成長による社会構造変動への対応に失敗し、生活の安全・安定を優先する制度・政策の構築に大きく立ち後れてしまった。」という戦後日本の転換期の後悔と呼応する。

 今、だからこそ子どもたちと若い親の世代が、差別や偏見から自由に伸びやかに育つ願いを、社会で共有し支えていきたいものである。






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