連載エッセイ46
当事者の思いに力を
横路 由美子


 NHKの「仕事の流儀」プロフェッショナルで、呼吸器外科で難しい肺移植に取り組む京都の医師伊達洋至さんのドキュメンタリ−番組があった。毎朝、ジョギングの折、近くのお堂で必ず手をあわせ、手術の前夜は、必ずガ−ゼに糸と針で縫合の練習をする。それはまるで、祈りに近い儀式である。「手術は、僕にとって恐いものです。患者さんの治りたいという強い思いが在ってこそ、その思いを力に手術ができるのです」と言われる伊達先生の優しい顔に見入ってしまった。

 「当事者の強い思い」―――北海道スモンの会が、このたび作ったDVDは「私たちは健康な体で生きたかった」のタイトルのとおり当事者の強い思い、叫びそのものである。
 医者の処方箋を守ってキノホルムと言う薬をまじめに飲んだばっかりに奪われた健康、視力。歩行不能と下半身の痺れ。最初ウイルス説も流れ苦闘の8年間が経過、苦しさの余り自ら命を絶つ人も現れ、当事者たちが立ち上がって裁判闘争の先頭に立った。
「 薬害を許すな、行政と製薬会社の故意を許すな」との強い思いがあったからこそ、支援の輪も広がり人々にアッピールする結果にもなったのである。その後スモン基金を作り、同じ症状に悩む神経疾患の人々の検診治療を進めている。
 当事者としての共感の連帯に感動するが、病気を抱えている当事者が率先して動かなければならない状況でいいのだろうか。

 12月7日、東京でクロネコヤマトの「ヤマト福祉財団」で今年の小倉昌男賞二人の表彰式が行われた。その一人でさっぽろひかり福祉会の統括管理者佐治リエ子さんの推薦人に私がなった関係で推薦の辞を述べに上京した。
 誰しも人間は、様々な身体的精神的病気や障害を負う可能性を持っているが、特に精神的な病気に対し、今でも偏見や差別意識があることは事実である。
 20年前、佐治さんは、息子さんの病気を隠さない事が自分自身の世間的呪縛から自分と息子を解き放つ事だと思い、小さな作業所を始められた。私はその頃からの友人であり、ささやかながらその活動を見守ってきた一人である。お菓子の箱つくりを請け負うが、工賃は交通費も出せないほど安い。仕事がないよりましなどと自らを慰めながらも怒りの向けようも無いことがあった。

 世の中の事件を見ると、障がいや病気を持った人たちが起こす事件の方がずっと少ないのに何か誤解がある。病気を正しく開示し、理解を求める事が大事だと、佐治さんは作業所の後援会を作り、地域の人たち、町内会の人たちにも一緒に清掃や、庭作り、レクリエーションなどに参加してもらった。
 今、さっぽろひかり福祉会は、特にパンの製造販売に力を入れ障害を持ちながら3人が常勤、毎日30人以上の人たちが働く場所になった。地域に無くてはならないパン屋となり、売り上げも年間5000万円を越え平均工賃6万円を払えるようになった。
 当事者もその家族も、「働きたい」「人の役に立ちたい」「自分の居場所が欲しい」そんな強い思いで、努力を重ねている。ちょっとした支援が在れば、誰しもが何らかの役を果たし働けるのだ。「顔を隠してはダメ。あなたたちは何も悪い事をしていない」と言う佐治さんの励ましがみんなを支えてきたのである。

 今、民主党政府はやっと、どんな問題の解決や取り組みにも当事者をいれようという方向に動いている。高齢者、障害者、失業者、僻地に住む人たち…・声を上げるのに今まで弱かった人たちこそ、そのテーブルに当事者達も入らなければならない。
 「当事者達の思い」に頼ってやっと重い腰をあげるのではなく、「その思い」に想像力と共感力を働かせ率先して動いていく政治家や役所であって欲しいと思う。






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