連載エッセイ44
百聞は一見にしかず
横路 由美子

 3月初め、乾期の最後でカラカラに乾いた赤土の大地、気温39度のカンボジアに札幌ユネスコ協会のメンバーと大学生を含む19名で、現地3泊の短い旅に出かけた。

 ユネスコでは20年以上も前から「世界寺子屋運動」に取り組んできた。内戦や貧困等のため勉強の機会のない人達が世界には8億人もいる。
 「寺子屋」では読み書きだけでなく学ぶ楽しさ、考える力、共に話し合い生きていく力を育てていこうと、バングラデシュ、ラオス、アフガニスタン、カンボジアなどに募金、カレンダー、書き損じハガキ等で資金をつくり学校を建て応援してきたが、今回は私も実際の様子が見たかったのと、世界遺産で有名な「アンコールワット」を一度は訪れてみたいと思っていた。

 「百聞は一見にしかず」。アンコールワットの素晴らしさは私を圧倒したし、遺跡の修復作業に取り組んでいる、日本を含む各国のチームワークにも心を打たれた。札幌南区出身の若いお嬢さんが、そのセンターできびきび働いていて嬉しかった。
 シェムリアップの事務所でも、現地の人たち7人と日本ユネスコの青年が「同じ釜の飯」を食べながら地域の人達と「地域学習センター」を設営し運営していた。

 2ヶ所のセンターを訪ねたが、いずれも地域の人達がボランティアで集まり話し合って、先生方には若干の手当てを払いつつ、例えば、午前中には4〜5歳の子供たち、午後は女性達の手作業、夕方は英語のクラス、7時過ぎには農作業を終えた様々な年齢の人達が三々五々とやってくる。
 算数の例題も植える稲の束を計算するなど、生活に直結するように考えられていた。
 辺りは真っ暗。教室には自動車のバッテリーから電気をとった小さな蛍光灯が一つ。よくノートが取れるものとビックリするが、現代文明に慣れた我々の目と違うらしい。農家は一本のローソクで夜を送っていた。

 1975年からのポルポト時代、虐殺された人は百万人以上と言われ、長い内戦や隣接するベトナム戦争の結果、未だに大量のクラスター爆弾などの不発弾、様々な形の地雷があちこちに埋まっており、農作業や開発の妨げとなっている。
 今回は札幌のNPO法人「飛んでけ!車いすの会」と連携して、各自の持ち物を少し減らすことで、10台の車椅子をアンコールワット周辺の地雷被害者の方々に届けることができたことなども、ユネスコ会員として学ぶことが多かった。
 あらかじめ一人一人の身体の状況にあわせて整備された車椅子に座り、「毎週教会に行ける!」「姉に自由に会いに行ける!」などと喜んで下さり、私達も感動した。

 「飛んでけ!車いすの会」は、札幌通運鰍竏緕t、理学療法士などたくさんのボランティアに支えられている。
 目の輝く笑顔いっぱいの子供達に出会って、私たち日本人も自らを教育し心を育て磨かなければと。そしてそれは「援助」ではなく「協働」のプロセスだということをしみじみ感じた旅であった。





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