連載エッセイ42
たくさんの切実な願いを力に
横路 由美子

 長かった選挙戦がやっと終わった。
 安倍、福田両政権の相次ぐ投げ出しの後、麻生さんの登場ですぐにも解散かといわれたのが一年前だ。全力で走り出してはストップがかかり、少し息つぎをするという繰り返しだった。
 解散になってお盆を挟んでの真夏の40日間も大変だった。
 この間、本当に多くの方々、文字通り手弁当で応援し励まして下さった方々に支えられ、政権交代という歴史的結果を生み出すことができた。心から感謝の気持ちでいっぱいである。

 選挙は「出会い」といわれるが、この長かった闘いのお蔭で、多くの現場で働く方や年配の方、若い方それぞれの切実な願いを聞くことができた。
 一日の終わりに夫と(時に電話で)「今日はこんな出会いがあった」「こんな問題があった」と語り合うのが楽しみであり力をもらった。
 選挙中、「かでる2・7」のホールで知的障害を持つ当事者や親たちが開いた各党のマニフェストを聞く会も、私には深く心に残った。
 「政治家のみなさんに親としての悩み、苦しみがわかって貰えますか? 子どもが生まれる、少し動作が鈍い、言葉が遅い。これは男の子だからだろうか、夫婦の間であれこれ不安になる。やがて障害があると認めざるを得ない。受容する。次のステップ、周囲の人にも知らせ理解してもらう。就学をどうする、普通学級で近所のみんなと通えないか、遠い養護学校に行くか、また迷う。学校を出れば何の仕事ができるか、楽しく暮せる居場所があるか。ずぅーっと親の悩み、心配は尽きない。この子たちを残して親は死ねるか、つらいです」。

 東京・世田谷から「お父さんの横路節雄先生のクラスでした。昭和19年、幌西国民小学校卒業の同期の友人達です」と紹介下さった女性もいた。
 札幌に住む方々お一人お一人に電話をすると、70年も前の父の教師像が浮かび上ってきた。
 「ライオンというあだ名の恐い、けれどもとっても優しい先生でした。赤ちゃん(昭和16年に生まれた夫のこと)を学校に連れてきたこともあった」等々。

 選挙の期間中、私は93歳の母が着られなくなったスーツを友人に直してもらい着ていた。
 介護度5(最重度)の母を、せめて一緒に連れていたかったからである。
 この間、熱も出さずSOSで呼び出されることもなく、母が健やかでいてくれて、母にも、介護のヘルパーさんたちにも、連携チームで見舞いを絶やさなかった身内にも心から感謝したい。
 皆さん、これからが民主党政権の正念場。どうか「ライオン先生」のように、あたたかくそして厳しく見守って下さいね。




エッセイNへ インデックスへ