連載エッセイ36
希望の光を奪わないで
横路 由美子

 北海道教育文化会館で催された映画『かかしの旅』の試写会に行ってきた。怪我の後遺症で足が不自由、学校では緊張して言葉を発することのできない中学生の男の子が、いじめや暴力や優しさに触れながら自分を少しずつ確立していく筋書きなのだが、子供、親、教師それぞれの問題を丁寧に提起している。

 現在の子供をめぐる息苦しさ、おう悩、家庭や学校の混乱や無力を見据えながらも、必死に希望の光を見出そうとする製作者の苦しみは、現在の状況を憂える者達の胸に響く。
 学校現場に心を向けることもせず教師も生徒も競争原理でズタズタにする「教育再生会議」のまがまがしさや絵空事では決して解決できるものではない。「人間」をお互いにどう育てあい認め合えるかの深い問題だからである。
 「心の専門家」を自負する人たちが本当に子供達の心と響きあえるだろうか。そして国の指導的立場にある人たちが嘘やいじめやごまかしをする国で、子供たちが「美しい国」に希望を持ち続けることができるだろうか。

 亡き父、横路節雄は昭和6年札幌師範を卒業、戦前戦後を通じて17年間幌西小学校の教師をしていた。
 担任をした四年生の子供の中に「駅前ニシムラ」の息子さん西村洋平さんがいらした。上級の組で「毎日、家の神棚に向かって日本の勝利を祈っているか」という調査があったと噂にきいて「うちはクリスチャンだし神棚はないし」と密かに心の中で心配していたのだが、結局、彼のクラスではそのような調査はなくほっとした。
 「あれは、節雄先生が僕のうちのことを知っていらしたからだと思う」と「小学校の思い出」に書いてあったのを読んだことがある。

 「お菓子のナシオ」の名塩会長が道新の連載で述べておられたことだが、中学の受験で一中を失敗し北海に行くことになったらどの先生も声をかけてくれない。そんな時、節雄先生が「おめでとう。北海もいい学校だ。頑張れよ」と言ってくれて、今でもそのことを忘れないと思い出を語っておられた。将来にわたって子供の心に何が大切なものとして残るのか、教師や親も心しなければならないとつくづく思う。

 我が家の長男、史生が2年生の時であったか、4桁の足し算引き算がいつも間違っている。どうしたことかと聞いたら、「僕のやり方を考え出したの。先生より僕の方が正しい。」と言い張ってきかない。
 担任の遠藤先生も気がついて史生の話を放課後残してじっくり聞いて下さった。頭から否定せず、小さい紙切れで1の単位、10の単位、100の単位と作って丁寧に教えて下さった。
 史生は、良く言えば独創的、悪く言えば頑固な所があって、ゼロの意味もなかなか理解しなかった。
 二番目の由希子は分母と分子を逆に割り算していた時期があった。成績の悪い子の中には、このように全く思い違いをしていることがあり、「できない」とレッテルを貼られたのでは救われない。

 教育基本法、教育三法の改定で国家が教育の内容を統制し、家庭のあり方まで指図するような昨今、北風と太陽の話ではないが、統制や規則や脅しではなく、自由な教育現場こそ保障されるべきであると思う。
 免許の更新制度や新たな管理職の増設は、教師の連帯や協調、同僚としての仲間意識を阻害していくだろう。(事実、大学合格率を操作したり、学力調査から障がいを持つ子を外して成績を上げたり最近のニュースにあきれてしまう)

 教育環境のために、小人数学級、教師の労働条件、財政的援助などやるべきことはたくさんある。教師も仕事に誇りを持って同僚との絆を大事にし、子供たちに全人格をぶつけて欲しい。そのことが、いま、教育の分野まで侵しつつある「市場原理主義」「全てを点数に還元」「競争こそ成長の原動力」という考え方に対抗できる道だと信じるし、親も生徒もそんな教師を尊敬し信頼していくと思う。




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