連載エッセイ32
「のびやかに、自分の心を語りたい」
横路 由美子

 九州の実家の父が亡くなって10年、母が亡くなって6年が経つ。1945年敗戦の結果、朝鮮からの引き揚げで財産の全てとその途中一人息子まで失った両親は、「お金や物質に重点を置かない人生に大事なもの」を心に念じて、三人の娘達を育ててくれたと思う。
 母は、羽仁もとこさんの信奉者で『婦人之友』を参考に、新しい料理や洋裁にいつも前向きに取り組んでいた。私が子育て中、ひどい喘息に悩まされながら夫の法律事務所などの手伝いをしてイライラしていた頃、手紙をくれた。
 「羽仁さんの言葉で『金の頭に金の仕事、銀の頭に銀の仕事、鉛の頭になったら休みなさい』といっています」。それから私は、集中するという事をおぼえて、疲れてきたら掃除洗濯、子供と遊ぶなど手抜きとメリハリを心がけるようになったと思う。
 その羽仁さんの「社会の単位は家庭から。健やかな家庭がよい社会を作る」という考え方が、戦争前は反戦の拠り所になったのに、戦争が始まると銃後の守りの御手本のような家庭像になっていった。「欲しがりません、勝つまでは」である。街には「ぜいたくは敵だ」という看板。そんな時代の風潮の中で、戦争を支えるようになったことを、自戒を込めて戦後50年の記念の年、婦人之友社が検証していたことに心打たれたものである。

 先日、友人のTさんのお母さんが90歳で亡くなられた。今から64年前、一才半の幼子を抱えて出征兵士である夫を見送りに行き、みんなが「名誉の出征」「万歳万歳」といっている時、悲しさを堪えきれず人前をはばからずに泣いたお母さんだったという。夫も、その弟も戦死された。「晩年、母が夕方になると夢見るようにお家に帰ろうといいました。そのお家には弟も夫もいたのでしょう」。Tさんのお通夜のご挨拶に胸が詰まった。

 いま私たちの周りの、言論の自由や内心の自由はどうだろう。香山リカさんの『いまどきの「常識」』の指摘を待つまでもなく、いまどきの常識といわれるものに異論や疑問を出して、どこでも自由に議論できるだろうか。
 「イラク派遣について一緒に考えよう」のビラを官舎に配って住居侵入罪で逮捕され75日間も拘留されたり、市政報告ビラを配って通報されたり、外国人であるということで尾行されたり、君が代を本当に声を出して歌っているか調べられたり、戦前の特高まがいの公安活動が、サリン事件やテロ事件をきっかけに大っぴらになってきている。誰も反対できないようなもっともらしい理由を掲げて、いろいろな規制が強まっていく。

 今国会で与党が狙っているのが「共謀罪」。犯罪は実行段階が具体化して初めて罪になるのだが、何か相談しているということで捜査が進むとしたら、密告社会スパイ社会の到来である。
 三浦綾子さんの『銃口』は「毎日の生活の中で考え感じた本当のことを書く」という綴り方の指導が戦時中罪になった史実に基づいている。面白いことには大いに笑い、悲しい時には泣き、おかしいことや不満なことには声を上げることができる、そんな自由は基本的人権の根幹だ。





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