連載エッセイ27
子育て支援、介護支援、地域の支えあいを
横路 由美子

 この秋、モンゴルの学校を出て、ドイツの大学でドキュメンタリー映画を学んでいる若い女性が監督した映画『らくだの涙』を観た。
 彼女は、モンゴルに住んでいる時は、草原の遊牧民の生活など退屈で映画になんかならないと思っていたが、外から自分の国を見てはじめてその価値がわかった気がして、どうしても映画に撮りたいと思ったという。

 30代の若夫婦に子供たち、50代のお父さん、お母さん、70代のおじいさん、おばあさんの四世代、羊の皮を張ったゲルに住んでいる。
 春、ヤギも羊も、らくだも出産ラッシュで大忙しである。そんな中、一頭の大きなメスらくだが、大変な難産の末、可愛い赤ちゃんを産む。どういうわけか母親とは毛の色が違う真っ白ならくだだった。それが原因なのか、あまりの難産だったため、辛い思いが先に立つのか、自分でも分からない原因なのか、母親らくだは、子どもらくだに乳を飲ませない。乳房を求める子らくだを足で蹴ったりする。母親らくだもそんな自分自身がつらいのか、いつもいらだっているようだ。

 子らくだに、人間のお母さんが乳を絞ってはヤギの角で作った哺乳瓶で飲ませるが、だんだん弱っていく。
 こんな時、遊牧民の間で時に行われる儀式を家族でやろうということになる。馬頭琴の専門家が来て、親子らくだに音楽を聞かせる。馬頭琴の音色に合わせて若いお嫁さんが歌を歌い、母らくだのからだを優しく撫でる。子育て真っ最中のお嫁さんには、特に母らくだの気持ちが通じるのだろうか。母らくだの両目から涙があふれる。やがて、白い子らくだが母らくだの乳を吸い始めた。

 モンゴルの人々の素朴で質素な暮らし、美しくも厳しい自然、四世代の大家族の在り樣、家畜たちのそれぞれの役割。それらがお嫁さんの歌のように、ハーモニーを奏で、心に響く。
 映画館を出てきて、夫と「いい映画だったね。」としみじみ語った。

 その映画のひと月ほど前に見た、評判の日本映画「誰も知らない」。親に捨てられた4人の子供たちの話。見終わった後の拭い切れないやりきれなさは何だったのだろう。

 高度成長、お金お金と舞い上がったバブル時代を経て、いま日本の中で、子どもをめぐる事件があとを絶たない。子育てに悩み、病人、高齢者をかかえ、途方にくれる人々をどうサポートするか。
 どこに一番大切な価値観を「人としての人生」の中に見出していくのか、そして同じ時代に生きる者同士助け合っていくのか。心の通い合ったシステムや人間関係を地域や社会の中に築いていかなければならないと思っている。




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