連載エッセイ26
不作為という作為、不決断という決断
横路 由美子

 自動車会社の欠陥隠しやそれによる事故がニュースを賑わせている。何年も欠陥を隠し、リコールを怠ってきた会社に怒りがいっぱいである。車の会社として一番大事な「安全性」というものを忘れている。次々と起こる原子力発電所の事故もしかりである。

 6月末、北大学術交流センターで開かれた「水俣展」に行った。
 水俣病は1950年代、熊本の水俣地方に急激に増えた「奇病」。親が魚を食べ、子供が水俣病を背負って生まれてきた胎児性水俣病は悲惨である。
 当時は原因不明の風土病あるいは伝染病といわれ、患者達は隔離され差別された。それがチッソの工場廃水が原因と言われ始めたのが56年。翌年に水俣保健所が水俣湾産魚介類の毒を確認したにもかかわらず、厚生省は根拠なしとして魚介類の販売禁止を怠った。63年熊本大学医学部が原因を「チッソ工場廃水のメチル水銀化合物を蓄積した魚介類」と正式発表して初めて工場は運転を停止、損害賠償訴訟も始まった。
 「お金ではない。健康を返せ、きれいな海を返せ、漁村の温かい地域共同体を返せ」という患者、家族の思いも卑劣な分断作戦を受けて苦しんだ。廃液を流し続けた会社も、それを止めなかった国も大きな責任がある。

 睡眠薬サリドマイドはドイツや日本で1960年代、初期妊娠中にそれを服用した母親から生まれた子供に手の指や上肢の欠損、聴力障害が見られた。57年ドイツで発売、61年にその危険が指摘され、ドイツの製薬会社は直ちに回収を決定。日本では58年に販売を始め、62年9月頃ようやく禁止措置が取られたが、回収が徹底せず被害を広げた。同時期にアメリカで治験段階の10人を除いて被害がなかったのは、食品医薬品局(FDA)の1女性が「データ不備は許可せず」の方針を貫いたためといわれている。

 整腸剤キノホルムによる薬害スモン病も、もっと対応が迅速で強力であれば、あれほど多くの被害者を生じなかったであろう。

 薬害エイズも国と製薬会社の責任は大きい。血友病患者などの輸血に使われる非加熱血液製剤の中にエイズウイルスがあると疑われた時点で、アメリカからの輸入禁止、使用禁止措置を厚生省がとるべきだったものを、製薬会社と厚生省、医療機関の利害の癒着がその措置を怠り、薬害を大きくした。81年にすでに血友病患者にエイズ症状が出ていたし、83年の国際的医学雑誌に非加熱製剤によるエイズの危険性が指摘されていた。しかし厚生省が血友病患者のエイズを認めたのは85年、患者の提訴を受けてようやく国と製薬会社が謝罪したのは96年だった。

 社会学者の日高六郎さんが「水俣展」の冊子にこう書いている。「水俣病は病気ではない。それは人の魂と心と精神を滅ぼす。生活と生活の共同を打ち砕く。経済至上主義は、政治家と行政と企業を、想像もできないうそつき者にする。文明全体の病、それが水俣病である。そして水俣病発生の責任は、政治家や企業だけにあるのではない。経済至上主義に酔いしれた私たちにも反省すべきことはないのか」。経済至上主義は、今や経済人首脳の「武器輸出を認めろ」の声にまでなっている。
 「人間が豊かであることとは何か」を各人胸に問い続け、大切にすべき選択を、時機を失うことなく、出来得る限りしっかりやっていきたいものである。




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