連載エッセイ24
北大総合博物館を訪ねて
横路 由美子

 北海道大学の中に旧理学部の建物を利用した北大総合博物館がある。南極に学術研究で行かれたこともある理学部の松枝先生が同じ福岡の出身で、何度もお誘いを受け、ついに福岡県人会総勢50人以上で押しかけて、丁寧な解説付きで廻ったのが6月末のことであった。めったに北大構内に入ることもない私には、緑豊かな樹々、楡の大樹、池を渡る風、のんびりと語らう学生達…、なにか青春のひとときに戻ったような錯覚さえ感じた。

 博物館はなかなか見応えがある。北大の歴史から建学の精神、歴代の植物学宮部金吾、土木工学廣井勇、昆虫学松村松年、植物病理学伊藤誠哉など実学の学者の成果、知里真志保、中谷宇吉郎に関する資料やパソコンコーナー、生命の誕生、循環から見る自然と人(エコシステム)、アイヌの民族楽器体験コーナーもある。
 小中学生向けには3階の地球惑星科学の分野がお薦め。珍しい化石や鉱石、ニッポノサウルス、デスモステイルスなど魅力いっぱいの展示物がある。私もすっかり面白くなって、それからも何度か一人で博物館に行き、北大の庭でリフレッシュさせてもらっている。

 自主独立、進取清廉勤勉、人類愛(リベラリズム、ピューリタニズム、ヒューマニズム)に基づく札幌農学校の建学。クラーク博士から新渡戸稲造、内村鑑三につながる建学の精神は、当時勉学の機会に恵まれない貧しい働く人たちやその子供たちのための、遠友夜学校設立(1894年)に結実した。新渡戸稲造夫人(アメリカ人)の実家の金銭的援助などもあって、ボランティアで運営、実に1944年の閉校迄50年間に5000人を超す人々が学ぶことができた。

 展示を見て初めてわかったのだが、1944年というと日米戦争の真っ只中。軍事教練を学校のカリキュラムに入れなかったために圧力がかかり、財政的にも大変になって閉校になったと説明がある。
 戦争が本格的になっていくにつれて、特高警察が「戦時特別措置」による諜報活動を強め、北大工学部学生宮部弘幸とアメリカ人英語教師レーン夫妻をスパイ容疑で逮捕する。その理由が、宮部が旅行中に伝聞した根室飛行場のことを話したからというのである。当時、根室飛行場のことなど公知の事実であり、軍事機密漏洩などというのは濡れ衣に過ぎない。
 昆虫学者がハチのある種について「このハチは戦いを好まない」と論文に書いただけで研究室が捜索された時代…。北大も帝国大学として時代の波に抵抗したり翻弄されたり、時代とともに苦しみ悩んだ人たちがいたことを忘れてはならない。展示を一つ一つ丁寧に見ていくと、いろいろ学ぶことがあっておもしろい。

 それにしても5千円札の新渡戸稲造博士、第一次世界大戦後、国際連盟の事務次長として紛争の平和的解決に奔走し、さらに日米開戦回避のために努力した彼は、今の小泉政権の無定見ともいえるブッシュ大統領追従をどう見るだろうか。「二者択一の西洋社会の不寛容に、東洋の寛容な賢明さで対応した」と評価されている新渡戸博士に学ぶことは大きいと思う。
 軍事力、暴力が渦巻く現代にあって、豊かな歴史感覚と広い国際的視野、そして深い叡智に裏付けされた大きな人類愛が今必要とされている。国々のリーダーに自省自戒を求めたい。




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