連載エッセイ23
医者 井戸を掘る
横路 由美子

 8月末、札幌の聖心女子学院創立40周年記念としてPMS(ペシャワール会医療サービス)の医師 中村哲さんの講演があった。中村さんは私と同じ福岡高校の出身。たまたま聖心父の会会長さんも同窓で、超多忙の中、講演依頼を受けて下さったという。マグサイサイ賞の授与式が急に入って、フィリピンに出かけるのを一日延ばして約束を果たされた。教育文化会館1,100人の会場は、半分が生徒さん達、残りが父母と一般の人々で埋めつくされた。

 中村さんには9.11のテロ後、アフガニスタンへの武力進攻が始まった2年前の秋にも、私たちの思いを受けて札幌に来て頂いた。ムンムンとあふれる熱気、一晩で200万円近くのカンパが集まったあの日を思い出す。
 その後、世界はアフガニスタンに数え切れない戦死者と負傷者、道路、水路や家屋の破壊、農地、山野の破壊、地雷や劣化ウランの犠牲者を残し、今度はイラクが同じ運命にあるのを放置している。

 中村さんは19年前、パキスタン北部ペシャワールでハンセン病の治療に入って以来、難民のためのプロジェクトを立ち上げ、同時に僻地や山岳地帯で200人近い現地および日本人スタッフの協力を経て診療活動を続けている。年間診療数も20万人に上る。戦争の様々な後遺症に加え、ここ数年アフガニスタンは最悪といわれる大旱魃に襲われている。水不足が食糧不足に拍車をかけ、汚い水が病気を呼ぶ。
 医者でありながら、「治療は後でもできる。まず生きていて欲しい」と呼びかけ、「緑の大地計画」として農民と共に汗を流して一千個所に井戸を掘り、農業支援と灌漑用水路の建設を進めている。

 「誰もが行きたがらないし誰もがやりたがらないことであっても、本当に求められているものは何か、自己満足や宣伝のためではない国際貢献はなんだろうかと問いながらやってきた。軍事力とお金への妄信から解放され、たくさんのことを学ぶことができた私たちは幸せである」
 「民族、宗教、習慣の違いなど、違いは違いであって、優劣や善悪、進んでる、遅れてるなどと比較断定するものではない。まして強要してはならない」
 「暴力が暴力を呼ぶ。武力は最終的解決には決してならない。しかし国々が戦争で経済力を回転させているとしたら、戦争をなくすために毎日の生活で何を大事にし何を我慢するか、各々の価値観こそが問われている」
 「人を殺すな、盗むな、姦淫するな。そして父母を敬え。これは古今東西普遍的真実である。その事実の上に立った、ごく当たり前の平和な生活を誰もが望んでいる」

 中村先生は講演の中で、また生徒達からの質問に対し、丁寧に、トツトツと、皮相な表現を避け、言葉を慎重に選んで語られた。その言葉の一つ一つが、長い間現地の人々の信頼を築いてこられた背景を受けて、深く豊かに胸に響き、感動を呼んだ。若い人たちにも熱心に良いお話を聞く機会となって、夜道を帰る私の心は温かかった。




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