連載エッセイS
兵役拒否の若者達
加害者にも被害者にもなることを拒否する
横路 由美子

 NHKのETV特集でイスラエルの18歳の青年が兵役拒否をしたことを、そしてその友人達61人も加わって大きな輪になっていることが報道されたことがある。イスラエルでは、18歳になると、男子は3年、女子は1年9ヶ月の兵役義務がある。兵役を拒否すれば収監され、その後の不利益は予測できない。

 あの激しい憎しみのパレスチナとイスラエルの戦闘、自爆テロ、報復のるつぼの中で、兵役を拒否する勇気。青年達の親の世代は、ユダヤ人の迫害、流浪の旅、イスラエルの建国という経験を経ているだけに「国を守ることに命も惜しまぬ」という信念の持ち主が多い。したがって子供たちが兵役拒否を貫くには、社会的圧力だけでなく、家庭内の戦い、兵役拒否者を出した家庭の社会との葛藤まで汲み取り頑張っていかなければならないことが想像される。
 兵役拒否までもいかないが、軍の中の兵隊が、パレスチナの暫定自治区ガザに進駐することを拒否する運動も広がりを見せている。先日、イスラエルの強硬派で知られる軍の指導者が、お膝元の軍の中にこのような軍務拒否の動きを黙認する発言をしていたのには、いささか驚いた。

 アメリカでも、クエーカー教徒をはじめ良心的兵役拒否をするグループがある。厳しい社会状況の中で「非国民」とののしられ迫害を受ける立場になろうとも、自分の意志を通して反戦を貫くことの難しさは容易に想像できる。
 一昨年の9・11テロの際、アメリカ上下院全議員の賛成を求めた「テロへの報復に関する軍事行動」にもきちんと一人の女性議員バーバラ・リーさんが反対し、民主主義の存在をかろうじて示すことができた。「非戦」のTシャツを着て登校した女子高生も、その議員と同様、巨大な圧力を感じたことだろう。

 神戸大学のアレキサンダー教授が「ユダヤ人として言わせていただく。私の名においての暴力はごめんだ!」と朝日新聞に書いていた。彼のユダヤ系の祖母は13歳のとき1人でラトビアからナチスの迫害を逃れて渡米した。ホロコーストによって、ラトビアに残っていた家族は殺され村は地図から消えた。祖母たちは苦しく悲しい経験を通して自由と平和、寛容の尊さを学び、次の世代に教えた。
 アレキサンダー教授によると今年初めシカゴのユダヤ人を中心にNIMN(ノット・イン・マイ・ネーム)運動が始まったという。イスラエルが「ユダヤ人の名において(イン・アワ・ネーム)」パレスチナ人に行っている暴力に、ノット(NOT)を付けて個人として否定する運動である。

 ドイツで兵役を拒否した若者が、日本の町田市の社会福祉法人『共働学舎』で代替勤務(ZIVI)として働いている場合もある。「武器を取って人を殺すより、助ける方がずっといい」と語る若者。
 日本でも戦前戦中を通じて反戦、非戦で戦った人々がいることを忘れてはならない。横路の母の兄である野呂栄太郎は、「日本資本主義発達史」を書いた経済学者であるが、1925年(昭和元年)に作られた治安維持法で逮捕され、品川警察署で死亡した。三浦綾子の『銃口』を読むまでもなく、綴り方教室運動でたくさんの教師が逮捕されたことなどを記憶している人は少なくないと思う。

 いま改めて1904年『明星』に掲載された与謝野晶子の「君死に給ふことなかれ」を読むと、日清、日露と続いた戦争で、日本が明治維新を経て、列強に肩を並べようと遅れ馳せながら植民地分割の仲間入りに意欲を見せた時期に、あのような歌を世の中に出した勇気に敬服する。
 日露戦争に出兵し激戦地旅順に赴いた弟を案じた歌であるが、読めば読むほど深い反戦歌であることがわかる。戦争の被害者になることだけでなく、加害者になることも否定する、そして天皇制のもとでの兵士の位置もアイロニーをこめてきちんと見ていることに、与謝野晶子のただ人ならぬ感性を感じることができる。

 有事法制が再び国会で議論されている今、第二次世界大戦が終わったときに国民が抱いていた「もう二度と戦争はいやだ」というあの思いをもう一度思い起こし伝え合わなければならないと思う。
 どの戦争も、国の上層部やエリートたちが率先して命を捨てて戦った形跡も無いこと、沖縄の例に見るように国民を見捨てたり、自決を迫ったりした日本軍のことを思うと、前線に出て犠牲になるのはいつも庶民である。
 そして過去の歴史から学べば、「有事」が陸軍の手で故意に作られたり、「戦果」が捏造され国民も一般兵士も真実から程遠い情報に躍らされていたことが、ようやく白日のもとに語られるようになってきた。湾岸戦争の報道が宣伝会社で作られて戦争プロパガンダに巨大プロジェクトが組み込まれていたことを指摘する本も出版されている。

 アメリカ有事と直結する周辺事態法のもとで「有事」が決定される構造の恐ろしさはもちろん、有事という脅しの下に、自由や人権が蹂躙される体制が整備されていくのは明白である。
 石油産業と軍需産業の後押しを受けるアメリカのブッシュ政権追従はもうやめて、日本は武力による紛争解決を憲法上も否定している誇り高き国であることを、外交の基本にすべきである。
 小さな孫たちを見ていると、この子たちが戦争に巻き込まれることがないようにと祈らずにいられないし、そのために、私たちの世代のやるべき仕事が残っていると思う。


  君死に給ふことなかれ
              与謝野晶子

   ああをとうとよ君を泣く
   君死にたまふことなかれ
   末に生まれし君なれば
   親のなさけはまさりしも
   親は刃(やいば)をにぎらせて
   人を殺せとおしえしや
   人を殺して死ねよとて
   二十四までをそだてしや

   堺の街のあきびとの
   旧家をほこるあるじにて
   親の名を継ぐ君なれば
   君死にたまふことなかれ
   旅順の城はほろぶとも
   ほろびずとても何事か
   君知るべきやあきびとの
   家におきてに無かりけり

   君死にたまふことなかれ
   すめらみことは戦ひに
   おほみづからは出でまさね
   かたみに人の血を流し
   獣の道に死ねよとは
   死ぬるを人のほまれとは
   大みこころの深ければ
   もとよりいかで思(おぼ)されむ

   ああをとうとよ戦ひに
   君死にたまふことなかれ
   すぎにし秋を父ぎみに
   おくれたまへるは母ぎみは
   なげきの中にいたましく
   わが子を召され家を守(も)り
   安しと聞ける大御代も
   母のしら髪はまさりぬる

   暖簾(のれん)のかげに伏して泣く
   あえかにわかき新妻を
   君わするるや思へるや
   十月(とつき)も添はでわかれたる
   少女(おとめ)ごころを思ひみよ
   この世ひとりの君ならで
   ああまた誰をたのむべき
   君死にたまふことなかれ





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