連載エッセイM
忘れまい、チェルノブイリ
横路 由美子

 あのチェルノブイリ事故から16年が経つ。市民で基金を積み立てて浜頓別に作った風力発電の風車も回り始めた。泊原発3号機建設着工が来年3月にも強行されかねない中、もう一度原点に返って、核汚染、原発、自然エネルギー、省エネ、…、エネルギー問題を真剣に考え、取り返しのつかない過ちを少しでも犯さないようにしたいものである。

 ドイツでは、脱原発法が2月の上院で通過、これ以上の原発新設を認めず、現在の19基を2021年までに全廃することにした。
 それにしても、このほど発表された電気事業連合会の試算で、2045年までに日本の原発で発電をした後の放射性廃棄物処理や発電所撤去、核燃料再処理などの費用がなんと30兆円かかるという。電力業界の「原発は安い電気」という宣伝も自ら否定したに等しいのではなかろうか。

 先日、「4・26チェルノブイリデー市民実行委員会」主催、菅谷昭医師の講演を聞いた。菅谷医師は1943年生まれ、信州大学で医学を学び、甲状腺外科の専門家である。
 チェルノブイリ原発事故から5年目の1月、信州大学医学部助教授であった菅谷さんは、出勤前に偶然、チェルノブイリの被災者の現況を伝えるドキュメンタリーテレビ番組を見た。
 海から離れたベラルーシの人たち、自然界からのヨード摂取の少ない人々にはあっという間に放射性ヨードが甲状腺に取り入れられる。テレビを見ていて、良性、悪性両方の甲状腺腫瘍がベラルーシの人々に広がっていくことが、すぐに菅谷医師の頭の中に想像された。
 「甲状腺専門医として役に立つことがあるに違いない」そう思った菅谷さんは、早速その年の3月、チェルノブイリ原発の所在地であるウクライナ共和国の北隣、ベラルーシを訪れ、住民の間に様々な健康障害が発生していること、特に子供たちの甲状腺ガンが異常に増加していることを目の当たりにする。

 その後、何度もベラルーシを訪れて、経済も疲弊している中、医薬品、手術用具などの不足はもちろんのこと、手術の体制にも技術にもたくさんの欠陥があることを知れば知るほど、理不尽な手術を受けざるを得ない子供たちのために「自分は何をなすべきか」と自問自答。短期滞在ではなく、じっくり腰を据えてやらねばならないと、1995年暮れ、信州大学を辞職して翌年1月ベラルーシに飛び立った。

 その日から5年半、「焦らず、気負わず、地道に、そして自分のできる範囲で」という原則を自らに課し、一歩一歩、現地の医者仲間と患者さん達から信頼を得て、より傷口の目立たない手術のやり方を指導したり、訪問医療のチームをつくったり、ガンの医療センター機能を首都以外のところにも拡大したり、本当に必要なことを確実にやられたことに頭の下がる思いがする。
 しかも淡々と、「日本の名も無き無数の庶民の良心と善意を、日本の名も無き一人の愚人が具現させてもらった」と、そしてその結果は富や名誉などとは全く無縁の、何ものにも代え難い極上の宝物をもらったと感謝の言葉を述べられた。

 それにしても、チェルノブイリ事故の時、ようやく訪れた春の陽を戸外で浴びていた2〜3才の子供たちが思春期を迎える今、甲状腺や血液のガンになっている。
 「核災害は自然災害とは大きく異なる。汚染された土地には人間は住めない。場合によっては、数世代以上の影響を受ける。遠い異国にいると日本人が次第に賢さを失い、大事なことを簡単に忘れていくような気がしてならない」という菅谷医師の言葉を、胸にしっかり留めておきたい。