連載エッセイJ
父の贈り物
横路 由美子

 九州、福岡の実家の父が亡くなってもう6年経ってしまった。朝鮮から終戦の年に引き上げ、その途中に6歳の一人息子を事故で亡くした悲しみの中、3人姉妹の私たちを育ててくれた。
 戦争で国の言う「大義」や「正義」の持つ虚構、空しさを知った父は、母とともにかつての植民地であった韓国を二度と訪ねる気を起こさなかったし、いつも言っていたことは「戦争ほど悲しく惨めなものはない」という言葉であった。

 建築設計技師であった父はとても器用で、物の無い時代にいろいろな物を手作りした。下着や寝間着を入れるタンスは、一番使い勝手の良い家具として55年経っても実家で健在である。近所の子供たちを集めての手作り幻灯会、パラフィン紙に色鉛筆で父が描いてくれたロシア民話やグリム童話を今でも思い出す。
 3年生のときの誕生日に、カラー写真の入ったゴッホの画集をもらった。今では新聞にもカラー写真が使われる御時世で、どぎつい色の大通公園のイルミネーションなど色のあふれすぎの感があるが、5枚ほどの「ひまわり」「自画像」「麦畑」「ベッドのある部屋」などに心の震える思いがした。また、お土産に買ってくれた世界児童文学全集などの本の扉のカラーの絵に見入って、想像の世界を広げたことも懐かしい。

 私も長じて3人の子供たちの親になり、夫の政治活動、自らのいくつかの活動、喘息、家の内外のこと、いろいろな忙しさの中で、あまり実家の親たちのことを思いやる余裕が無かったように思える。(もっとも、この思いは親を亡くした後で誰しもが多かれ少なかれ感じることではあるが。)
 長男が大学1年になった年、「あなたに返すものがある」と父が私に一冊のスクラップブックを送ってきた。それには思いがけず、私が学生の頃、毎週のように両親宛てに出していた葉書や手紙が日付順に丁寧にびっしりと貼られていた。
 学校のこと、学生運動のこと、読んだ本のこと、食べ物のこと、恋人のこと等など、もちろん親に宛てた手紙なのでいろいろそれなりに配慮してカムフラージュしたり小さな嘘もあるが、ともかく私の大切な青春の記録であることに間違いない。自分の子供たちの心の中や生活を思いやるのに良き参考書になってくれたし、物の整理が下手で、記録というものが残せない私にかけがえのないプレゼントになった。

 6年前の4月11日早朝、突然父は心不全でこの世を旅立った。前日まで、手紙を書き、床屋に行くほど元気だった。青空の下、桜吹雪の中、孫や孫の連れあい、5人の若者たちに担がれて、父の棺が出ていった。そういえば結婚以来、春に里帰りができず、福岡の桜を観ることのなかったことに気がついた。1周忌、3回忌、そして7回忌。父の最期の贈り物のように、私は実家の桜を観ている。