21世紀 … 日本の現状と役割

(財)野村生涯教育センターでの講演
2001年2月9日
衆議院議員 横路 孝弘


 皆さんおはようございます。ご紹介いただきました横路です。
 先日、野村理事長さんとお目にかかる機会がございまして、いろいろとお話を伺いました。この40年間、地球は1つということをテーマに掲げられ、子どもの教育をはじめ国際的な理解をどう深めていくのか、生涯教育という大きな旗の下で大変ご尽力されてこられているお話を伺いまして深く感銘いたしました。
 私が、いま日本の状況について考えていることと、野村先生がお考えになり、おやりなっていることと、共通点もたくさんあるなということで、今日のこういう機会にお招きをいただきまして、うれしく思っております。

●不安をもって迎えた新世紀
 私どもはまさに21世紀の夜明けを迎えたわけです。普通夜明けというと、みんな希望に胸もいっぱいふくらませて夜明けを迎えるわけですが、しかしニッポンの夜明けは必ずしもそうではありませんでした。
 自分のこと、家族のこと、ニッポンのこと、地球のことといろいろ考えると、多くの人々はどの点をとっても将来に大きな不安をもって新世紀を迎えました。そしてまさに日本の現実は、政治は汚職事件からスタートし、経済は3月危機と言われる状態にあるという中でスタートしたわけです。
 しかし私どもは希望を持たなくてはいけないと思います。そしてみんなが持っている希望というのは、やはり道筋をしっかり示して力にしていかなくてはいけないと思います。
 それにはやはり、20世紀は日本と世界にとってどんな時代だったのかということを見つめて、その反省のなかから21世紀というものを考えていかなくてはいけないだろうと思います。
 私はまず世界の中の日本という場合に、日本のいまの状況が、どうなっているかということを少しお話をしたいと思います。
 上智大学の学長をやっておられたヨゼフ・ピタウさんという神父さんがおられます。この方が日本に来られたのはちょうど戦争が終わった直後で、焼け野原の日本にやって来て、ピタウさんはそのときの事をこう言っています。
 「非常に感じたのは何かというと、すばらしい情熱、精神力だった。この荒廃した中から新しい社会をつくっていこうという、そういうパッション、情熱を感じた」ということを言われております。
 大変貧しい時代だったわけですけれども、しかしみんな一生懸命にまず考えたことは、子どもの教育です。親は食べるものも切りつめて、子どもだけは学校にやろうと、みんな努力をしてきたときだったと思います。また広島、長崎の原爆を受けた後でもありますから、なんといっても軍事力には頼らない国にしていこうということが国民の願いだったわけで、ヨゼフ・ピタウさんは教育と平和という、この2つのうえに新しい日本の将来を築いていこうと日本人は考えて頑張っていたということを言われております。
 そして日本は、それから一生懸命追いつけ追い越せで努力してきた。しかし1990年代、日本は豊かになってお金を手にするや、お金にものを言わせて、世界中のいろんなものを買いあさりました。その中にはその国にとって歴史的な建造物やホテルなどがあり、海外での反感を買ってしまいました。日本人は謙虚さと精神の価値を失ったと言われています、バブルの時代ですね。

●最近の日本の社会状況
 私も最近の日本の状況を見ていると全くその通りだと思います。というのは、いくつかの統計を皆さんにお話したいと思いますが(別紙の資料をみて下さい)、たとえば最近テレビを見ていましても、いろいろ信じられない事件がたくさん起きていますでしょう。1件や2件じゃないのです。統計的な数字を見ましても、この2〜3年の間にいろんな異常が、日本の社会の中に起こってきていると言っていいと思います。
 たとえば犯罪ですけれども、急増しています。窃盗犯がだいたい年間で20万件ぐらいずつ増えています。昨年が史上最高で213万件です。また凶悪犯罪もやたらと増えています。殺人や強盗というような事件ですが、これは1万件を越えておりまして、毎年2千件ぐらいずつ2〜3年前から急に増えています。
 また家庭内暴力ですが、これも急増しています。家庭の中で夫が妻に対していろいろと虐待した事件、それが障害事件になったり殺人事件になったりするわけですけれども、これがこの2〜3年で2倍から3倍と増えていっています。
 それから児童虐待です。これもまた本当に信じられないことですが、自分の子どもにどうしてこんなことをするのだろうかと、皆さんもマスコミ報道を見て思われていると思いますが、そういう件数も毎年50%から60%と増えています。
 それからストーカーの相談件数。警察への相談が去年いろいろと騒がれたせいがあるかもしれませんが、これも倍以上いっぺんに膨れ上がっています。こういった犯罪が増えています。憩いの場所である家庭の中に異変が起きているのです。みんなイライラしてギスギスする社会と家庭になってしまっているのは何故なのか。
 それから自殺者が、これも2〜3年ほど前から1万人ほど増えて、昨年は3万3千人という史上最高なのです。こんなに自殺者を出している国はありません。しかも増えたうち、40代、50代の働き盛りの男性がほとんどを占めています。倒産した企業の経営者、リストラにあった労働者、あるいはリストラを企業の中でやらなければならなかった中間管理職、こういった人たちが自殺をしています。
 それからホームレス。いままでは外国の話かと思っていたら、北海道の札幌市から沖縄の那覇市に至るまで、全国に3万人のホームレスの方がおられるのです。札幌にもこの寒い中で80数人いると新聞に出ていました。どうしてこんなにホームレスが増えてしまったのか、あの人たちの家族や家庭はどうなっているのだろうか。札幌での調査によりますと、会社経営をしていた人たちも結構おられます。どういう事情があるのかわかりませんが、いずれにしてもホームレスが増えているということです。

●深刻な雇用問題
 それから失業も増えています。現在320万人、そのうち世帯主がだいたい100万人で期間が1〜2年と長期化しています。世帯主ですから住宅ローンの支払いもあるでしょうし、子どもの教育のこともあるでしょう。皆さんきっと大変な思いをしていると思います。
 ただ失業統計というのは、仕事を探していても仕事があたらないという人だけが出ています。仕事を求めることを諦めてしまった人たちは失業統計に出てきません。そういう人たちはだいたい400万人いるといわれています。特に20代と50代、60代が多いのです。「20代のフリーター」と格好良さそうに言われていますけども、結局、学校を卒業しても仕事がないものですから、親のスネをかじって時々アルバイトしているということで、これも非常に深刻な問題です。200万人もの若い人たちがいながら、決まった職業についていないために、きちんと結婚して家族を持つということにはならない。ますます少子社会に拍車をかけていくということになるわけです。
 私どもが本当に考えられないようなそういった形で、320万人プラス400万人、つまり700万人以上の人たちが、仕事がないということになるわけです。
 また他方、仕事でもこのごろはパートと派遣労働が圧倒的に増えてきて、女性の正規社員の割合は減ってきています。この10年間で10%も減りました。もう女性はほとんどがパートか派遣かで、大学を出ても正規社員になかなかなれない。それがいいのだという社会に向かっているわけですが、本当にいいのかどうかは、よく考えなくてはいけないと思います。雇用が長期的、継続的、安定的であってはじめて家族の生活設計も出来るのです。流動的で不安定な雇用のもとでは社会は安定しません。
 深刻な雇用状況ですから、したがって生活保護も急増しています。生活保護を受けている方がいま100万人を越えており、国の予算で毎年1兆5千億円くらい使っています。
 このような数字を見てみますと、なぜこんな社会状況になってしまったのだろうか。よく「失われた10年」と言います。バブルからリストラの10年間について、本来やるべき改革をやらなかったという意味で「失われた10年」というのですが、私は日本的な良さを失った10年ではないかと思っています。

●失われた日本的な良さ
 日本的な良さというのは何か。いろいろあると思いますが、まず1つは、われわれ日本人は汗水流して一生懸命働けば必ずそのことは報われるという、そういう労働観を持って、非常にモラルを持って仕事をしてきたわけです。勤勉、誠実、努力、奉仕の社会だったのです。
 家族のために、会社のために、一生懸命に朝早くから夜遅くまで、まじめにみんな働いてきたわけです。ところが、バブルの時代というのはどういう時代なのかというと、物知り顔な経済評論家が出てきて「そんな一生懸命に働かなくとも、いい儲け話がありますよ、株に投資をしなさい、土地を買いなさい、そうしたら大いに儲かりますよ」といいました。銀行はどんどんお金を貸しました。私の友人の弁護士にも銀行から「ここにいいマンションが1棟できました。今買えば1年後には倍になりますよ、お金がないならお金貸しますよ」と言われ、お金を借りて買ったけれども、バブルが崩壊して破産してしまった弁護士もいます。
 そういう時代だったわけです。みんなが金まみれになってしまったと思うのです。まじめに働くのが恥ずかしいとか、ばからしく思える社会にしてしまったのです。多くの人が金まみれになってしまいました。たとえば政治家も実業家も官僚も、日本の指導者層がみな金まみれになりました。一番いい典型的な例が、リクルートの未公開株を取得した人たちです。
 リクルートの未公開株を取得した政治家も40数人おります。今の森総理や宮澤財務大臣、あの加藤紘一さんでさえです。銀行と同じやり方です。未公開株を買うお金がないというと、リクルートがわざわざ金融機関を紹介して、お金を借りて買い、未公開株が公開されたとたんに値上がりしますから、これは確実に儲かるわけで、大体みんな5000万円から1億円ぐらいのお金を手にしたのです。
 あとで問題になって、返したり福祉施設に寄付したりされましたけれども、いずれにしてもそういうことが経済人も含めたくさん参加しました。中にはマスコミの社長や文部省、労働省などの事務次官などもいたわけです。
 まさにモラル喪失です。われわれの社会の一番良かった点はモラルをもっていた社会だったことです。モラルがしっかりしていたのが日本の社会だったわけです。そして、一生懸命働けばちゃんと報われるということがベースであった社会だったと思いますが、金まみれになってしまいました。一番金まみれになった典型といいますか、もう1つの典型は保険金殺人事件ですね。自分の子どもや自分の夫、自分の妻に保険金を掛けて、お金のために殺人をするという考えられないような事件が起きています。これも本当にバブルがもたらした1つの大きな誤りだというように思います。

●自然と共生してきた日本
 もう1つ日本の社会のいい点は何かというと、日本人は昔から自然と共生してきたということです。すべての自然に神を見て、そして自然に対して畏敬の念を持っていた。したがって謙虚になれたのです。
 北海道にアイヌの人たちがいますが、彼らもその典型でして、あらゆるものが全部神さまです。ですから人間だけがすべてを取り尽くすなんていうことはしないのです。木の枝に木の実がなっていますと、たとえば3分の1を取って、3分の2は残すのです。それはやがて鳥がやってきて、鳥は木の実を食べ、どこかへ行って糞をしますから種が落ちてまた木が生えてきます。自然の循環をよく見ているのです。
 川にのぼってきたシャケも全部は捕りません。熊や狐のためにとか、フクロウのためにとか、お祈りしながら捕るのです。動物や植物とも一緒に共生するという社会だったと思うのです。
 ところが、バブル、リストラ、特にバブルの中で急に開発が進められ、いろんなことやりました。
 いま、その自然からの反撃を受けているわけですが、このごろ地球もあっちで地震こっちで災害というように非常に多いですね。自然災害で死者を伴った自然災害は1990年になってから世界中でぐんと増えています。
 死者を伴った大きな自然災害は、1900年から1980年までの80年間の災害件数と、80年代の10年間の災害件数が同じぐらいです。そして80年代10年間の災害件数は90年代1年間で起きている件数です。死者が20人以上でしたか、こんなスピードで急増してきています。自然からの警告だと思うのです。
 日本でも諫早湾でああいう干拓をしていますが、いま日本中どこに行っても放置されている農地がたくさんあります。特に北海道は放置された農地がたくさんありまして、どうしてわざわざあそこで農地をつくらなきゃいけないのかと思いますが、結局有明海の海苔は全滅した、自然からのお叱りをいただいたわけですね。あの水門を全部開けたら、5年ぐらいかければ多分元に戻るんだろうと思います。自然はそういう回復力を持っています。
 しかし、私どもが自然と共生してきたことを、お金があれば何でもできるように錯覚してしまって、自然に対する謙虚さも失ってきたのです。同時に社会に対する謙虚さも世界に対する謙虚さも失ったのです。

●協力しあう社会こそが必要
 もう1つ日本人の社会というのは、みんなで協力しあう社会だったと思うのです。特にお米の文化が中心でしたから、昔からよくそのことを日本のムラ社会などといって、批判の対象にもある意味ではなっているのですが、しかしいずれにしてもみんなで協力をしてきたと思うのです。
 これがズタズタになったのがこの10年間のリストラですね。日本の大企業は本当に信じられないようなことをやるのです。名前をいえば誰でもわかる大企業が、たとえば技術者を倉庫番にするとか、会社を辞めろといっても辞めないものですから、退職勧告して辞めないといったら、じゃあお前をこっちへ配置転換だといって、倉庫番にしてしまうというようなことをやるのです。これは完全にいじめですよ。
 あるいは、小さな部屋に30人も40人も営業マンを集めて、仕事を何にも与えないで、机にただ座らせておくというようなことをやったわけです。そして40代、50代の人たちにあなた方はお金がかかるから辞めて欲しいと言って辞めさせるのです。企業の論理からいえば、売上は確かに伸びませんから、一番経費のかかる人件費を減らす、だから人を減らすということになるのです。
 どこを減らすかというと40代、50代の給料の高い人に辞めろということになるわけです。しかしこの40代、50代の人たちは朝から晩まで会社のために一生懸命働いてきた企業戦士だったわけです。
 サラリーマン川柳というのがありまして、何年か前のバブル時期にサラリーマン川柳の一番は「まだ寝てる、帰ってみたら、もう寝てる」、つまり朝5時頃家を出るときに奥さんはまだ寝ており、そして仕事をして東京でお客さんのお相手などをしたら12時過ぎて、帰ってきたらもう寝ているというのが一番だったことがありますけれども、なんとも悲しい、わびしい話ですが、そうやってきた人たちの首を切ってきたわけです。
 それがどういうことにつながったかというと、雪印の食中毒事故やJCOの事故、新幹線のトンネル事故などです。日本の技術者の技術というのは、人から人へ受け継がれてきたものであり、マニュアル化したものを見るだけではわからないものがたくさんあります。
 たとえばトンネルというのは、ハンマーで叩いてその音を聞いて、空洞化しているとか、危ないとかということを判断しながら丁寧にやっていくのだそうです。
 しかし、それをいくらマニュアル化して、こういう音だからこうだといってやったって、わからないわけですよね。やはり現場に慣れた熟練の技術者と若い人たちが一緒に行って、そこで一緒に技術を身につけるということが大変大事なわけです。
 雪印の場合も、結局現場のそういう技術者の声が会社の上層部に届かない。雪印の当時の社長さんは経理出身の人でしたから、ともかく経費を詰めろ、詰めろ、うるさいこと言うなという感じで、現場では問題があるなあと思ってもなかなか言えない。そこをちゃんと言える人、現場のこと知っている人が工場長でいれば、こういうことにならないわけですね。
 そうやって日本の社会はこのリストラの中で、会社の中の人間関係もずたずたにして来ました。そしてもっぱら、企業は自分たちの利益をどう上げるかということで人件費を削減し、その事が日本社会の中に先ほど申し上げたさまざまな問題を大きく生み出しました。国全体としては、大変な社会コストを負担することになったのです。

●アメリカ的市場主義にとらわれていないか
 いま、競争と効率が何より大切であるといわれて、アメリカ的な市場主義の考え方が入ってきています。アメリカの社会というのは、いろいろな民族の人々が集まっているわけですね、ですから文化がみんな違います。物事の考え方みんな違うのです。なかなか統一した基準をつくることができませんから、どうしてもここでともかく自由に競争して、そこで勝ち抜いた人間を評価するという仕組みにならざるを得ないのです。それがアメリカの考え方です。
 最近は日本にもアメリカ的市場主義、弱肉強食の考え方が入ってきています。そして、いろんなシステムをアメリカ化するということにみんなが流されていって、経営者の中にも「日本的な経営や雇用が今日の不況を招いている、これを変えなければならない」と主張する人が増えています。しかし本当にそれでいいのだろうかということをよく考えなければなりません。
 いままでの話をまとめてみますと、結局日本人が大切にしてきた価値観や、ものの考え方などいろいろあるわけですが、そういうものをもう一度見つめ直して、われわれがこれから歩んでいく基軸に何をしていったらいいのかということを、しっかり考えていかなければいけないと思うのです。
 アメリカ的な市場主義というものと、日本の市場主義はやっぱり違います。有名な話ですけれども、近江商人の家にそれぞれ家訓があるそうでが、その中の有名な家訓に「三方良し」という家訓があります。
 「売ってよし、買ってよし、世間よし」そういう商売をしなさいという話なのです。売って儲けただけではだめですよ、売った人も買った人も喜ばなきゃいけない。しかし売った人と買った人がいいだけでもだめですよ、これもよく考えてみるとそうですね。麻薬のような物は、売った人と買った人がいいからといって、それでいいわけにはなりません。やっぱり世間よし。世間もいいと言う商売をしなさいということです。こういう考え方は、企業の場合ですと株主がいます、従業員がいます、それからその品物を買う消費者がいて、そして地域社会があるわけです。
 アメリカの考え方は株主中心です。ですから簡単に会社を合併したり潰したり、新しくつくったりする力を株主が持っていますからその意向で動きます。
 日本の場合はそうじゃなくて、働いている人も大事にしてきたし、消費者も大事にする、「三方良し」というようなことが日本的な市場主義といいますか、資本主義といいますか、そういうものの考えなのです。
 このことは悪くはありません。日本の中でいまこの考えをもっているのはトヨタの社長さんぐらいじゃないでしょうか。アメリカ的な市場主義でなくて、われわれはちゃんと従業員を守っていきますということを宣言されているのはですね。市場万能主義の下で社会は連帯感を失い、人間と人間の絆が失われ、競争があおられ、効率が求められ、強いものはより強く、弱いものはより弱い格差と不平等が拡大していってしまいます。日本的な価値や文化を大切にして、お互い協力しあう社会にしなければなりません。
 つまり私ども日本の社会はそれぞれの絆を大事にしてきた社会であり、お互いに協力しあう社会だと思います。経済は競争と効率でもいいかもしれませんが、社会や教育は競争と効率ではやっぱりだめなんですね、お互い協力する社会でなければ。
 それから自然とともに生きてきた日本の社会ですから、自然を大事にしていくということが重要だと思います。
 そして日本の社会は失われたモラルをもう一度取り戻していかなくてはいけないと思います。一生懸命汗水流して働けばちゃんと報われるというのが一番の日本のモラルであり勤労倫理だと思います。そういう社会にしていかなくてはいけないと思っております。
 そういう協力しあう社会にしていくこと、人間が人間としてお互いに生きることのできる社会をつくっていかなくてはいけませんし、そのためには人間の絆ですとか、あるいは愛情、思いやり、連帯感や、お互いに理解するということが必要だと思います。

●人の絆を大事にする教育の大切さ
 さて話はかわりますが、インドの前の女性の首相であるインディラガンジー首相が来日したときに「インドはなかなか大変ですけれども、インドは将来に向かって希望があるのですか」と問われたときに、彼女は「インドには希望はあります。なぜならばインドの子どもたちの目は輝いている。この目の輝きがある限りインドの将来には希望がある」ということを発言されたことがあります。
 やっぱり子どもたちが大切だと思うのです。教育が大切なのです。子どもたちが本当に人の絆を大事にし、思いやりを持つ連帯感のあるそういう子どもに育っていかなくちゃいけないと思います。
 この話の区切りにスウェーデンの社会科の教科書について、これは大変面白い教科書です。「あなた自身の社会」という教科書で、ベースはコミューン、地域社会です。地域社会が社会の中で一番の基本ですよということで、税金の果たす役割などをしっかり書いています。社会が人々の生活の中でどんな役割を果たしているのか、その社会の中で人々はお互いに何をしなければならないのか。社会がその機能を果たすために、税金がどのように使われているのか。みんなが支払った税金は、どのようにみんなに戻っているのかということが、しっかり説明されている社会科の教科書です。
 その中に、ドロシー・ロー・ホルトという人の「子ども」という詩があるのですが、とってもいい詩なので、ちょっと朗読したいと思います。

 批判ばかりされた子どもは、非難することを覚える。
 殴られて大きくなった子どもは、力に頼ることを覚える。
 笑い者にされた子どもは、ものを言わずにいることを覚える。
 皮肉にさらされた子どもは、鈍い良心の持ち主となる。
 しかし、激励を受けた子どもは、自信を覚える。
 寛容に出会った子どもは、忍耐を覚える。
 賞賛を受けた子どもは、評価することを覚える。
 フェアプレーを経験した子どもは、公正を覚える。
 友情を知る子どもは、親切を覚える。
 安心を経験した子どもは、信頼を覚える。
 可愛がられ、抱きしめられた子どもは、世界中の愛情を感じとることを覚える。

 という詩がその教科書の最後に載せられております。
 いままで申し上げた今日の日本の社会状況というのは、日本の社会の基準的な価値観がおかしくなって、アメリカ的な社会システム、市場主義の考え方、強いものはより強く、弱いものはより弱くと非常に格差が生まれて、いまのままでは1%の人々が大金持ちになる可能性があります。そのかわり、とても貧乏な人たちも生まれる社会、そういう社会が日本の21世紀の社会であっていいとは思いません。もう一度、本当にみんなで協力し合える日本の社会にしていかなくてはいけないと思っています。そういう社会にするためには教育改革、社会保障制度の充実、税制改革などいろんな問題がありますが、今日はそのお話はいたしません。
 いずれにしても日本の社会がおかしくなってきています。日本の社会は基本のところからしっかり作り直さなければいけないということを強調したいと思います。

●平和をどう構築していくか
 もう1つ、20世紀の大きな問題点はやはり戦争でした。したがって21世紀の課題は平和だと思います。今日はヨーロッパにおける戦後の努力を見てみたいと思うのですが、ヨーロッパは第1次世界戦争、第2次世界戦争ともに戦場になったわけです。第2次世界大戦でヨーロッパだけでも4千万人近い人が亡くなっています。
 あの戦争が終わった直後、第3次世界大戦が起きたら、もうこれは勝者も敗者もない、みんな終わりだというようにヨーロッパの人々、特に政治家が考え、そして戦争を起こさないようにするためにはどうするかを考えました。昔、戦争というのは国家にとって当然の権利だった。領土を拡大するとか、資源を取るとか、そしてよく当時は石炭や鉄鋼のような資源確保をめざしてフランスとドイツは紛争していたわけです。
 そこで、そういったものを共同で管理する、つまり国家の主権の壁を低くして、できるだけ共同でやるようなことにしていけば戦争がなくなるのではないかと考えて、1953年にヨーロッパで初めて石炭鉄鋼共同体条約というのをつくって石炭鉄鋼共同体をつくるのです。
 石炭や鉄鋼についてできるだけ共同管理していきましょうということで、この戦争が終わったときからヨーロッパは政治的、経済的な統合をめざして真剣に歩んで来ているのです。
 「ローマの休日」というオードリー・ヘップバーンの映画があります。オードリー・ヘップバーンはヨーロッパのどこかの国の王女さまで、行く先々で質問を受けるのです。「青少年についてどう思いますか」「ヨーロッパの将来はどうですか」と。ご記憶のある方もいますよね。
 そうすると王女さまは「どんな形でもヨーロッパ統合の動きに私は賛成です」と言われるのです。あれは50年代のアメリカ映画ですけれども、50年代の欧米の空気をよく反映していると思います。
 石炭鉄鋼共同体条約が出発点になって、その後EC(ヨーロッパ共同体)ができ、いまではEU(ヨーロッパ連合)に15カ国が参加しています。
 そして、今日までどんな努力をしてきたかといいますと、まず統一した議会があります。裁判所があります。それから中央銀行があります。そして2002年7月には本格的にユーロが統一通貨になります。
 そして昨年は欧州基本権憲章という、ヨーロッパの憲法のようなものをつくりました。それから軍隊も個別の軍隊ではなくて、ユーロ共同の即応部隊といって、これは自分の国を守るのではなくて、共同の危機管理、一緒に共同で危機管理をしましょうと、そういう組織をつくったのです。
 ですから将来どうなるかというと、いまは15カ国ですが、加盟交渉をしているのは12カ国あります。つまり、昔の東欧諸国が入ろうとしています。そうするとヨーロッパ27カ国4億人を超える人々が参加することになります。将来の姿はまだ決まっていませんが、場合によっては欧州連邦国家いうような形も考えられています。そうすると大統領を選出して執行機関をもつアメリカのような国の形になるのです(アメリカの各州がヨーロッパでは各国)。

●ヨーロッパでは共通した歴史認識をもった
 国の主権を少しずつ譲り渡していく、そして1つの国のような形になっていく。そうすると戦争は起きないだろうという信念で今日まで来たのです。50年間努力してきたわけです。
 その努力の一番ベースになったのは、ドイツとフランスの協力と努力です。やっぱりドイツなのです、ドイツに対してはみんな警戒心を持っています。特に東西ドイツの統一には巨大なドイツが生まれるということでヨーロッパ諸国みんな警戒心を持っていました。それはやはり過去にナチスの行為があったからです。
 だからドイツはまずそのことをなんとかして克服しなければいけなかった。国内的にはまず教育を徹底したわけです。ナチスが何をやったかということを中学校の高学年になってから1年間かけて徹底的に教育しました。
 そしてナチスのことを誉めたり、ナチスのことを扇動したりする行為は全部刑事罰として処罰されるということまでやりながら、まず必死になって子どもたちに国内教育をやったわけです。
 それからもう1つは、ドイツを理解してもらい、周辺諸国からの信頼を回復するための努力を行いました。私はコール前ドイツ首相の前のシュミット元首相と何度かお目にかかったことがあるのですが、彼が話していたのは、ともかくフランス大統領などと月に1度は電話で話をしたり、会って話をしたりして、コミュニケーションを持ったというのです。
 重要な政策決定をするときは、事前に必ず当時のフランス大統領であるディスカール・デスタンに話をした。その後のコールとミッテランの関係もそういうような関係で、だからフランスはドイツに対する信頼感を持っていました。
 東西ドイツ統一のときにイギリス首相のサッチャーが、フランスの外務大臣に電話をして統一に反対しようと言ってきたとき、フランスは断ったのです。それはドイツのそういう50年近い努力の積み重ねがあったからです。そうした努力のなかの1つに歴史教科書の問題があります。
 戦後ユネスコができました。ユネスコ憲章の中には「戦争というのは、人の心の中で生まれるものだから、人の心の中に平和の砦を築かなければいけない」という文があります。
 そしてユネスコが最初に行なったのは、各国の歴史教科書。みんながそれぞれ自分達の視点だけで事実を曲げて記述して、それで教育された子どもたちの中に隣国に対する憎悪などが生まれるようではとても困るわけです。これが発展すると民族的な対立になってしまいます。歴史教科書についてはお互いの国の中で議論する場をつくろうではないかということで、ユネスコが第1回総会から教科書および教材の改善に関する9カ条の綱領というのを採択していろんな努力をやっていくのです。
 その流れの中でドイツはまずフランスと議論を行いました。ドイツとフランスが交錯する歴史について、お互いの教科書のつき合わせを行い、お互いが意見を言っていく。問題点があったらそれぞれの国に勧告して、歴史認識の統一をできるだけ図っていこう、そのために歴史教科書の記述についてできるだけ統一しようという努力をしたのです。
 またドイツは、まだ東西対立の激しいときに(1976年ですが)ポーランドと歴史教科書のつき合わせを行いました。ポーランドというのはヨーロッパの戦場でいうと、一番たくさん亡くなったのはソ連人、その次はドイツ人、そしてポーランド人といわれるくらいたくさんの人が亡くなっています。
 そのポーランドと歴史が交錯する点を取り上げて議論しましたが、26項目について改善しなさいという勧告が出ました。いろんな議論がドイツのなかでも巻き起こったのですが、ヨーロッパの歴史を各国が共有していこうという努力、そういう努力を永年積み重ねてきたことが、いまEUという形でヨーロッパの、あるいは将来は連邦国家になるかもしれないというところまでの土台を造り上げてきたわけです。
 国のリーダーや政治家が入れ替わっても、ヨーロッパ全体が非常に高い志を持って統合をめざしてきました。経済統合、政治統合、最近は税制をどうしようとか、社会保障は国によってあまり違ったら困りますから、それをどのような基準のものにしていくのか。もちろん国の大きさも違えば、財政の規模も違うなかで大変ですけども、社会保障の基準みたいなものもつくっていこう、税の基準のようなものもつくっていこう、環境問題ももちろん協力してやっていこうというように、経済分野、政治分野、あるいは司法分野における共同作業が行われています。こうしたヨーロッパの努力について私たちも参考にできることがたくさんあると思います。
 しかし、アジアは違うよ、ヨーロッパはそうであってもアジアは違うと、よくみんな言うのです。どうして違うかというと、アジアは体制も違う、中国のような社会主義国家もある、北朝鮮のような独裁国家もある。あるいは国の発展段階も違う、いろいろな貧しい国もある、それから宗教も違う。違いを並べてヨーロッパと違うのだ、だからアジアは無理なんだと言う人がいます。しかしそんなことはありません。

●日本もアジア諸国と共有した歴史認識を
 アジアでもいろいろな動きが出てきています。ただ、それは必ずしも日本が中心になってつくりあげてきたものではありませんが、たとえばアセアン諸国(フィルピン、タイ、マレーシア、シンガポール等)に10カ国が参加しています。アセアン地域内の経済協力を行うことや、東南アジア非核地帯条約というのをつくって、ここは非核地帯にしますよという宣言をしております。
 そういった努力をして、さらにアセアンが中心となって、アセアン地域ファーラム活動を展開しています。これにはアセアンの他に、日本やアメリカや中国なども入っています。そしてその中でお互いの信頼醸成措置、たとえば各国の軍隊の現状を白書にして公開しようとしています。
 中国もこれに基づいて、数年前から白書をつくっています。それから、新しい武器を購入したら公表しよう、軍隊の移動は互いに通報しようということなど、信頼醸成措置をやろうと合意していますし、あるいは災害に対応するときにもみんな言葉が違いますから、一緒にやれるようなPKOの訓練を共同でやろうじゃないかというようなことなど、アセアン地域フォーラムで始めています。
 それからAPECという、アジア太平洋地域のアメリカも含めた首脳会議もあります。昨年の暮れにアセアン・プラス・スリーといって、スリーというのは日本、中国、韓国ですが、東南アジアや北東アジアという概念はありますが、あらたに東アジアという枠でくくって、首脳会議をやって経済的な統合を模索していこうということも決められました。非常に大きく動いてきているのです。
 そこで問題になるのは何かというと、ヨーロッパでは先ほど言ったような努力を行って、歴史を共有してきているわけです。これが一番大事なことなのです。歴史を共有して初めて現実を見つめて将来も共有することができるわけです。
 ところが日本の場合、残念ながらアジア諸国との間に歴史の共有ができてないのですね。できていないどころか、最近はナショナリズムを強調したり、あるいはいま申請されている教科書の中には、たとえば日韓併合は合法的に行われたとか、この合併は欧米は歓迎したとか、欧米列強のなかで日本も生きていくのに大変なのに、中国人や朝鮮人はさっぱり理解しなかったなどと書かれています。こんな教科書が通ってしまっては、また中国や韓国との間に大変な問題が起きてしまいます。
 ともかく歴史を共有するということが非常に大事です。日本政府と韓国政府との間には歴史教科書に関して、日本と韓国との歴史が交錯している点について、ちゃんとチェックしようということが決められていますが、これがどうも充分に行われていません。早くチェックする必要があります。
 中国との間にも、フィリピンとの間にも、韓国との間にも、子どもたちが素直に歴史の事実は歴史の事実として受けとめられるようにしないといけません。いま問題になっている教科書の記述は、中国人や韓国人を蔑視したり、軽蔑したり、怪しからんと思ったりする内容なのです。もう本当にびっくりしました。
 ヨーロッパで50年かかってやったことですから、アジアでは100年かかると思いますが、これから100年かけて、まず歴史をお互いしっかり共有していくという仕事を日本の我々がしていかなければいけません。

●日本は平和憲法に則した国際貢献を
 平和のためにそういうことが本当に大事なのだというように思います。いま、国家と国家が対立して戦争するという問題はほとんどなくなってきています。
 いまあるのは、すべて国の内部の崩壊であり貧困です。貧困が原因で飢餓が発生して難民が生まれる。貧困が原因で部族の争いが生じる。形としては部族争いや宗教争いとなっていますが、ベースは貧困です。
 いま栄養失調の人が世界で8億人、水も飲料水もちゃんと飲めない人が12億人、あるいは1日1ドル以下で生活している人が全体の30%もいると言われています。本当に厳しい状況なわけです。ですから、日本ができることは何かと言いますと、これからはやはり南北間の問題、南の貧しい国に対して日本はどういうことができるのかということです。一番大切な事は、本当は人材の養成なわけです。魚を送るよりも、魚を捕る方法を教えることが一番の支援なのだというように思います。
 これから国連を中心にして、まず世界の貧困をどのように解消していくのかということに私どもは力を注いでいかなくてはいけない。ODAについても、ダムを造ったり道路を造ることはもう減らして、むしろ学校をつくって子どもたちの教育をするということがどれほど大事なことか。今の日本の海外協力援助のなかで、教育分野はほとんど行われていないのです。
 私の地元の北海道では、明治の初めに外国人が来てつくった2つの女子学校があります。札幌に北星学園というのと、函館に女子遺愛学園というのがありまして、そこは100年以上経っても毎年そこから人材を生み出しているわけです。ですから、学校というのは本当に大事なのです。日本のODAもそういうところに変えていかなくてはなりません。
 その北海道の開拓の最初にホーロス・ケプロンという人が来ました。アメリカの農務長官をやっていた現職大臣を黒田清隆が渡米してスカウトしてきたのです。北海道の開拓にあたって、作物の導入指導から道路作りのアドバイスなどまで、さまざまな助言指導にあたりました。彼の日記「68歳の日記」の一番最後に、日本人に言いたいこととして、聖書の言葉が引用されています。
 大きな道の端で倒れている人を、行き交う人々が見捨てる中、サマリア人が助けてくれたという、誰が本当に隣人愛を持っているのかということをテーマにした話です。
 将来の日本人に対して、貴方も必要とされているところに行って同じことをしなさいという彼の想いだったと思うのです。
 いまシルバーボランティアとして、私の友達も何人かあちこちの国や地域に行って技術指導などをしていますが、みんな地域の中で本当に喜ばれています。
 日本が世界の中で果たさなければいけないことはたくさんあると思います。世界各国たくさんある中で、日本は憲法で軍事力による紛争解決はしないということを決めたわけですから、このことを大事にしていく必要があると思うのです。
 世界の中の大国は、歴史の中で何か残しています。新しい人権宣言だとか、あるいは社会保障の新しい制度などいろいろあります。日本が人類の歴史の中で何か残すものがあるとすれば、世界に先駆けて(先駆けてと言っても国連憲章と日本国憲法の精神はまったく変わらないのですけれども)憲法第9条、日本はこれを残していったのだよと誇れるようになればいいなと思っていますし、そのために努力しなければいけないと思っております。
 時間を超えてしまいましたけれども、日本が世界の中で役割を果たす、そのためにも日本自身がしっかりしなくてはいけないという、そんな思いでいっぱいでございます。
 今日はお招きいただきまして本当にありがとうございました。

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別紙資料:最近の日本の社会状況
2001年2月7日調べ
項   目 H12年(2000年) H11年(1999年) H10年以前
名目GDP総額 119兆2169億円
 (H12年4〜6月)
493兆8704億円
 (H11年度)
507兆6320億円
 (H9年度) 過去最高額
名目全世帯消費支出 ▲ 1.8%(前年比)
 (H12年平均)
▲ 1.6%(前年比)
 (H11年平均)
▲1.5%(前年比)
 (H10年平均)
勤労者消費支出 ▲0.6%(前年比)
 (H12年平均)
▲ 1.7%(前年比)
 (H11年平均)
▲ 1.8%(前年比)
 (H10年平均)
勤労者世帯実収入 ▲1.5%(前年比)
 (H12年平均)
▲ 2.0%(前年比)
 (H11年平均)
▲ 1.8%(前年比)
 (H10年平均)
勤労者世帯可処分所得 ▲1.4%(前年比)
 (H12年平均)
▲ 2.0%(前年比)
 (H11年平均)
▲ 0.9%(前年比)
 (H10年平均)
完全失業者 320万人
 (H12年平均)
317万人
 (H11年平均)
279万人
 (H10年度平均)
完全失業率 4.7%(H12年平均) 4.7%(H11年平均) 4.1%(H10年度平均)
企業倒産 18,769件(H12年) 15,352件(H11年) 18,988件(H10年)
 史上最高
企業倒産負債額 23兆8850億円
 (H12年) 歴代1位
13兆6214億円
 (H11年)
13兆7483億円
 (H10年) 歴代3位
高校新卒者就職率 88.2%(H12年3月末)
 史上最悪
89.9%(H11年3月末) 92.9%(H10年3月末)
自殺者   33,048人(H11年) 32,863人(H10年)
24,391人(H9年)
ホームレス 30,000人(推定)
 (H12年末)
20,000人
 (H11年10月末)
16,247人
 (H10年8月末)
生活保護   1,004,462人
 (H11年度)
946,994人(H10年度)
905,589人(H9年度)
自己破産 145,208件(H12年推定) 126,949件(H11年) 108,899件(H10年)
窃盗 2,131,164件(H12年) 1,910,393件(H11年) 1,789,049件(H10年)
凶悪犯 10,567件(H12年) 9,087件(H11年) 8,253件(H10年)
ストーカー相談件数 11,543件
 (H12年度上半期)
8,021件(H11年) 6,034件(H10年)
ドメスティック・バイオレンス
(障害・暴行・殺人)事件
1,096件(H12年) 516件(H11年) 435件(H10年)
児童虐待(相談件数)   924件(H11年) 413件(H10年)
児童虐待(検挙件数) 163件
 (H12年1月〜10月)
105件
 (H11年)
 
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