民主議員ネット・北海道99年度 定期総会及び政策研修会
『自自公路線と民主党再生の構想』

講 師  横路 孝弘
1999.8.28



 どうもみなさんこんにちは。今日は何を話そうかなと思っておりますが、演題に沿ってお話しをしたいと思いますが、皆さん方にはこの4月の自治体の地方統一選挙の中で、厳しい中で見事勝ち抜かれてこられましたことをまず心からお祝いを申し上げたいと思います。皆さんにとっては初めての民主党の公認あるいは推薦という形の選挙だったんだろうと思います。そして地域を周りながら民主党は一体どこへ行くのかと、自民党と一体どう違うのだろうかと、そんないろいろな声を受けながら選挙戦を闘い抜かれてこられたに違いないと思っています。
 新しい民主党ができて1年4ヶ月立ったわけであります。私は基本的に政策的な党内の議論というのは順調にいろいろと進んできているというように思っておりますし、特に旧民主党以来、私たちは議会活動というものを、地域の人々の声をしっかり受け止めて、それを議会の中に反映させる、特に国会においては議員立法、あるいは政府がさっぱりやる気のないいろいろな法律について、我々が中心になって法律化していくんだという活動は、充分今国会の中でも大きな役割を果したと考えております。たとえば情報公開法、これは佐々木秀典代議士が中心になりまして、寝ていた法律を起こして何とか成立をさせることが出来ました。
 ダイオキシンの緊急措置法というのも政府はさっぱりやる気が無かったのを、これは小川勝也参議院議員が中心になりまして、参議院でまずこの法律を与野党を含めて合意を得まして成立に持ち込んだわけでありますし、あるいは男女共同参画法とか、児童買春・ポルノ禁止法といったような法律は竹村泰子参議院議員が中心になりまして、女性議員が皆さんそれぞれ力を合わせて成立をさせたわけであります。その他にも国家公務員の倫理法などを含めまして、こうした一つ一つの法律案を国会の中で我々の力で成立をさせ、あるいは修正をさせてきたということであります。
 しかもその活動のベースには、市民政策調査室という機関を持っておりまして、様々な市民グループから持ちこまれるいろいろな要望などがあります。例えば公共交通機関のバリアフリーを何とか実現できないだろうか、あるいは最近は児童の虐待というようなことが全国的に問題になっているけれども何とかならないだろうかということで、そういうものを受けて国会の中で法律化する、あるいはある法律の修正を行うというような活動も市民政策調査室と提携した形で市民政策議員懇談会というものをつくりまして、これは私が会長を務めているんですが、金田誠一代議士などと一緒にそういうたくさんの声を聞いているところでございます。
 いま、DPIが2002年に札幌で開かれますが、何とかそれに間に合うように公共交通機関にバリアフリーを義務付けると、バスの低床化とか、駅のエレベーターやエスカレーターといった点について義務付けをして、その代わり補助金を出してそれを促進していこうと、こういったような法律作成を進めているわけでありまして、そういった基本的な活動は新しい民主党もみんなで力を合わせて進めてきたところでございます。
 いろいろと議論がありまして、まだ党運営そのものがある意味でいうとルール化されていないというのは確かにあるわけであります。いろんな議論が菅代表に対してありますが、私はこれは何も代表だけの問題ではないと思っております。私は総務会長という立場で執行部の執行をチェックする立場にありますが、そのチェックが充分に行ったかどうかということになりますと、やはり責任の一端を担わなければいけないわけでありまして、これはやはり新しい党が出来て、そしてその運営のルールというものがまだしっかり出来ていない段階の問題なんだと、私はそのように受けとめております。
 ただ、組織的にしっかり運営してチームプレーに徹していくと、まあ150名ちょっとの衆参の国会議員でありますから、終盤国会で盗聴法を巡って、これはみんなで本当に力を合わせて闘ったわけでございますけれども、そういったチームプレーというものをまだ徹していかなければいけないだろうと考えておりますし、組織を国会議員中心の党組織にしていくのか、地域に根ざしたしっかりした党組織をつくるのかというところでは、必ずしも地域にしっかり根ざした党組織をつくるという方向性を出して活動しているわけではありません。それが私は今の民主党のひとつの弱さでもあると思っております。新自由クラブとかさきがけという政党が誕生して消えていきましたのも、結局議員集団でしたから、議員集団の中の議員が一人抜け二人抜けていきますと、結局党そのものが形を成さないことになってしまうわけですね。
 やはり私どもは、今日たくさんの地方議員の皆さん方お出ででありますが、地方の中に、市町村の中にしっかりとした足を下ろして、そして私ども民主党の先ほど申し上げたような情報公開法を含めた様々な活動をこのようにやっているということをしっかり住民にも伝え、また地域の人々の声を受け止めて、それを市町村の議会、道の議会、あるいは国会で活かしていくというような仕組みをやはりつくっていかなくてはいけないわけでして、そこはまだこれからの大きな課題だと思っております。
 例えば、公的介護保険制度が来年の4月から導入されるということで、皆さん方も住民の皆さんからいろんな質問が出る。今はもう非常に動いているときでありますから、いわゆる報酬規定がこうなりましたよ、何がどうなりましたよ、そして要介護の認定も始まるということで、いろんなことの質問が出てくるときに、その資料を本部は持っているわけでありますが、これが例えば月刊で、例えば地方の皆さん方が議会活動に必要な情報を1ヶ月に1回きちんと提起するというような機関紙でもあれば、これもまた皆さんの活動に非常に大きなプラスになるんだろうと思いますが、まだそういうところまで行っていない。つまり組織としての形が充分出来ていない、今は生成過程にあるんだと、このように考えていただければと思います。
 今度の代表選挙を通じては、私は今の日本の政治の中で、我々民主党が一体何を考えているのか、先ほどは一体自民党とどこが違うのか、この党は一体どこに向かって走っていくのかという国民の声があるということを申し上げましたが、そういう声にしっかり応えていく、その姿を国民の皆さんに知っていただくのが今度の代表選挙だと、このように考えております。
 そして衆議院の総選挙もまず間違いなく年内にあると考えておりますので、この代表選挙がそうした意味で、政策を中心としてしっかりとした私たち民主党の考え方を国民の皆さんに理解してもらい、知っていただく良い機会にしていかなくてはいけない、このように考えております。
 本当は代表選挙は、私は党員が投票権を持つ選挙にすべきだということを主張してまいりました。高い党費を払って、一体どういうときに党員としての役割とか権利を果すことがあるのかと、それは代表を選ぶということが一番わかり良いわけでありますが、そういう議論をしますとペーパーが出てまいりまして、全国の党員の25%が北海道だという数字を見ると、みんな他の人たちはダメだと言って、主張するのは私一人になってしまうということでございます。
 来年の9月にも代表選挙をやることになっていまして、今回は暫定的な代表選挙で、国会議員と国会議員候補予定者と47都道府県2名ずつということでございますから、5000人の党員のところも100人の党員のところも同じ2票ということでございます。今回はそういうことで、この次は本当に党員の皆さんの声がしっかり反映されることにしていかなくてはいけないと、このように思っております。
 自自公ですが、衆議院500議席のうち350という大変大きな塊になるわけであります。しかし私はこれが誕生したとしても、長続きするとは思いません。公明党と自由党のものの考え方は全然違うわけであります。公明党はもともと反自民ということでやってきて、庶民の生活と平和ということを中心に長い間政治活動を続けてきたわけでありますから、これを一変に全部変えて、自民党と本当に見も心も一緒にやっていくということには私はならないと、したがってこのことは一旦出来たとしても、そんなに長く続くものではないと、このように私は考えております。
 問題は、我々がしっかり野党第一党としての使命を果たすということによって、公明党も我々の陣営の方に引き付けることが出来るんだと、このように思っています。
 野党第一党の責任とは何かといいますと、ひとつはやはり何といっても今の政権、自民党に対して対決するということです、対峙をしていくということであります。これではっきり議論するということをしなければ、みんな一緒だと思われてしまうんですね。
 同時に、もうひとつの選択、政府が選ぶ選択、自民党が選ぶ選択に対して違う選択肢を明確に示すという、このふたつなんですね、野党第一党の大きな任務というのは。このふたつを果さなければいけない。何となく国民の中からは、「いやあ、どうも自民党と本当に対決してるのか」と、「一線画して闘っているのか」ということに対する様々な疑問が、幹部の人々の行動を通じて国民の目には映っているということはやはり否定しがたい事実だと思っています。私はやはり野党第一党としての責任を今こそ果していかなくてはいけない時だと考えています。
 今の日本の事情、状況は、最近の世論調査を見ても、例えば生活は苦しくなったというのが調査以来初めて50%を超えたんですね、国民の52%の人々がこの20年間で初めて生活が苦しいということを言われた。また悩みやストレスをいま抱えているという人が4割もおられるという状況であります。そしてその悩みやストレスの大きい要素は、老後の不安ということを上げている人が73%もおられるということでありますし、将来の見通しはどうかと、将来は明るいか、将来は貧しいか、というと将来豊かになるという人は15%で、将来は貧しくなるという人が50%もおられるわけです。
 こういう国民の今の悩み、苦しみ、こういうことに応えるのがまさに政治なのであります。応えていく政治を実現するところに我々民主党の果していかなくてはいけない役割があるのだと考えております。
 そこで今日は、つまり自自公と対抗、対立していく上で、どういう点を中心に考えていったら良いのかということをお話したいと思いますが、その前に、この間政府の取ってきた、いま経済景気が一番大きな問題でありますから、経済景気対策についてちょっとお話をさせていただきたいと思います。
 バブルが崩壊して10年立ったわけです。この間、例えば公共事業予算だけでも100兆円近いお金を投入してきたわけであります。100兆円近いお金を投入してきて、ではそれで景気は良くなったのかというと、さっぱり良くはならないわけです。投入しても投入しても需給ギャップは大変大きいわけです。減税をしろという声に押されて減税をやりましたが、もちろんその中では間違って増税政策も取ってしまったという大失敗を橋本内閣は犯してしまったわけですが、いま減税をやっても、人々は消費にお金を回すわけではなくて貯蓄にお金を回してしまうわけです。公共事業投資をいくらやっても、それは従来の経済構造を変えることにつながりませんから、結局は麻薬みたいなもので、その時は一時的な効果があっても、切れてしまえばまた麻薬を投入しなければいけないと。そういうことをやってどんどん財政赤字を深刻化させてきたわけで、そこはいま宮脇先生からお話しがいろいろとあったんだろうというように思います。
 そこで政府の方は、供給力を高める政策を取ろうと。バブルのときには皆さんご承知のように、要するに銀行もどんどんお金を貸しましたから、どんどんお金を借りて設備投資を行なったわけです。あるいはどんどんお金を借りて店舗の展開を拡大したわけであります。そしてバブルが崩壊してしまったと。さっぱり物は売れない、物を買ってくれない、こういう状況になってしまったということで、先の国会で産業再生法という法律が提出されましたけれども、結局いま企業は、過剰設備であり過剰雇用であり、そしてたくさんの借金を抱えているから身軽になりたいと、身軽になるために政府に助けてほしいと、自分たちはリストラで首を切るから、首切った人の面倒は政府に見てほしいと、こういうことですよね、言っていることは。
 そして廃棄した設備のために税制上の恩恵を与えてほしいと、場合によってはその土地を買い上げてほしいと、自助努力を説いている経済界の首脳の人々がやっていることは何かというと、官に頼って国民の税金に頼る政策を今まで取ってきているわけであります。
 この前の産業再生法というのもひどいものでありまして、これは再生の計画を企業が作りまして、管轄する役所に届出をして、認めてもらったら商法上や税法上の恩恵を受けるということです。官から民へと言いながら、また官僚の権限を強くするようなことをやっているわけですよ。自助努力を説きながら、税金を何とかまけてほしいと、こういう話ですよね。
 いま企業のバランスシートが悪いから身軽になるということで、それをやることが経済の再生につながるという理論、理屈になっているわけでございますけれども、しかし本当にそういうことになるのか。
 政治の中で非常に分かりづらいのが、例えば自由党の人たちが年金の基礎年金部分を全部税金でやれとか、あるいは介護保険の40歳から64歳までの企業負担の部分を無くせという主張をしていますよね、全部税でやれと。あれほど市場供給力を、いわば市場万能主義的な考え方を主張しているところが、どうしてそんなに税でやれという主張をしているのかというと、結局は企業の負担を軽くすると、軽減をするということだけなんですね。
 私どもはやはりそこをちゃんとしっかり見ていかなくてはいけないだろうというように思っております。
 供給力をパワーアップするために法人税を引き下げる、所得税も高額所得者の税金をまけるということをやりました。景気対策になったでしょうか。法人税をまけたからといって企業が設備投資に回るはずがないわけでしょ、設備過剰なわけでありますから。高額所得者に減税措置を行なったといって、ではその分消費に回るのかというとそんなに物を買わなければいけないことがあるわけではない。それならばむしろ、低所得者への何らかの措置が必要になってくるだろうということになるわけです。
 結局、不況の原因というのは何だったかといいますと、複合的な要素が重なっていたからでして、特に金融システムがこの間ずっと稼動しなかった。お金が回らなかったわけですね、不良債権抱えて。なおかつまだ大手の17行で20兆円くらいの不良債権を抱え、これから地銀、第2地銀ですよ。これの再編、合理化が進められると。ここもまだ不良債権を持っている。生保だってまだまだこれから厳しいところを乗り越えていかなくてはいけないということでありますから、やはりこの金融システムが安定するまでにはまだ時間がかかると、もう峠を越えたとは言えない状況にあるわけですね。
 一番の大きな要素は何かというと、将来に対する不安が大きいわけでありますから、最近の傾向を見ますと、所得の低い人でも貯蓄率は上がっているんですね。つまり将来への不安が一番大きなベースになっていて、そのために国民はお金を使わない。ここに大きな問題があるわけでありますから、バラ撒きの公共事業を使うとか、あるいは小手先の政策を行うということではなくて、抜本的に将来の不安をしっかりなくすということを政府が行なっていかなくてはいけないという状況に、経済の状況はあるというように思います。
 そこで私がまず、いまの自自公ということの中で主張しますと、今の日本の社会というのはこういう経済状況を受けて、競争と効率をさらに強めていこうと、競争と効率をさらに強めることが経済の再生につながるという考え方でいろいろな議論が進められてきています。
 しかし私はそうではない、競争と効率を強めてどうなるか、それは社会が二分化していくと。その二分化する社会が良いのか、もっと人々が協力し合う社会が良いのか。競争と効率をさらに進める社会が良いのか、協力社会が良いのかということがまず第一のテーマだと思っております。
 レーガン・サッチャーリズムということについていろんな意見があるわけでありますけれども、その結果どうなったのかということを見てみなくてはいけないというように思います。
 アメリカの最近の状況を見てますと、確かに景気は良いわけであります。しかしその内容はどういうことになっているかといいますと、例えばアメリカの平均労働時間は、この15年くらいの間に40.6時間から50.8時間へ10時間、働く人々の労働時間は延びています。逆に余暇の時間、これが26.2時間から19.5時間へと減っているんですね。親と子供が一緒に過ごす時間というのもこの20年間で40%も減っています。
 それはなぜかというと、やはり雇用の機会が増えましたけれども、しかしそれはいわばパート労働的なもので、常用雇用では必ずしもないわけです。アメリカという国は割と簡単に首を切られて、そして短時間で再就職するという仕組みになっています。そして失業率はそういう意味では確かに改善されてきています。
 しかし経済が良くなっているほどには働いている人々の賃金はこの10年間ほとんど実質賃金変わっていないんですね。やはり非常に所得格差と資産格差が開いてきているというのが現状なんです。
 日本についても、例えばタクシーに乗って運転手さんの話しを聞きますと、特に東京などは最近台数をこの厳しい中で増やしていますから、皆さん同じことを言います。だいたい今11勤務から12勤務ですよね。売上が伸びなくて5万円くらい。そうすると子供を抱えていると生活ができないから、どうするかというと、やはり休日労働だとか労働時間が長くなっているというわけなんですね。労働時間を短縮しますよといって11労働、12労働にしたけれども、それでは生活できないから休日に出勤して働かざるを得ない。奥さんももちろん勤めに出なければいけないということになっているんでね。これはあらゆる分野でそういう動きが出ていくだろうと思います。
 それからもうひとつ同時に、日本の社会というのは非常に平等な社会だというように思われています。しかしどうもそうではないと。所得格差というのはむしろ拡大してきて、そしてその所得格差の状況を数字で見てみますとアメリカ・イギリス型になってきているんですね、アメリカ・イギリス型に近いところに、まだそこまではいってませんけれども、近いところに来ている。
 しかも階層は固定化してきているというんです。日本社会の今までの良いところは、階層は固定化しないで、いろんなところから勉強していってということで、流動的に動いていたわけです、日本の今日までの戦後社会というのは。
 ところが最近になってこの10年くらい、階層が非常に固定化してきていると。これはやはり社会にとって非常に大きな問題であると考えざるを得ない要素であるわけであります。
 競争と効率というのをさらに進めて、これ以上富める者と貧しい者が拡大していくことが一体良いのか、大企業と中小企業との差が拡大するのが良いのか。産業分野ではどの産業でも一極集中にだんだんなってます。金融分野はあの銀行、証券分野はあの証券会社、生命保険はどこの生保というように、あらゆる産業分野で一極集中がだんだん始まってきているんです。
 そして競争と効率をよくするというのは、それによって人々が参加をして自由になる。競争と効率を良くするということは、まず第一に規制を撤廃するということですね。規制を撤廃するということはどういうことかと言えば、それは参入を自由にするということと、価格形成について自由であるというふたつの要素からなるわけです。
 しかし、例えばエア・ドゥひとつ見てもそうですけれども、新規参入できましたよと。しかし実際にはどうなっているかというと、今朝の新聞にも出ていましたように、大手の航空会社が潰しにかかるわけでしょ。アメリカは例えば、ニューヨークとロサンゼルス間の往復航空運賃が460ドルくらいらしいんです。これは4つの航空会社が入っているようです。ところが距離からいうとその半分のシカゴとニューヨーク間が860ドルくらい、倍なんです。これはアメリカン・エアラインというのが1社独占だからなんです。つまりどんどん自由になってわーっと参入して、結局潰れていっていくつかが独占をすると価格は上がってしまう。アメリカでは司法省がそれを提起しました、独占禁止法に違反しているということで。日本の公正取引委員会の姿は全然見えやしない。
 これは皆さん方の小さな町の中だって起きていることですよ。例えば町の中に昔からのガソリンスタンドがあったと。そこは隣り町やその他と値段を見ながら、隣り町に流れないような形で値段が決まっていた。そこに大きいところが入っていってスタンドを造ると。初めは新規参入したところは価格を下げますから、価格の引き下げ競争が起こるわけです。住民の皆さんは初めは喜んでいるわけです、安くなった安くなったと。そのうちにもともとあった地元のスタンドが耐え切れなくて潰れますと一社になってしまう。そうすると価格はまた上がっていくというのが、我々の目の前で展開されている現実だと思うんです。
 ですから競争と効率を進めるというのは一体誰のためのことなのか、消費者のためになるのかどうか。そういう意味では競争と効率といういま目指している方向性は企業の負担を軽くするだけで、企業の持っている社会的な責任を果すものではありません。やはり日本には日本的な、まあ最近は日本的経営とか日本的雇用というのは悪であるように経営者自らが言っています。バブルのときにアメリカに行って、日本的な経営、雇用こそが世界の基準で、あんた方も勉強しなさいみたいなことを言っていた。これももちろん間違いですけれども、いまこんな状態になってすべて悪くて、アメリカ的経営がすべて良いんだというのもやはり大きな間違いであります。日本には日本の文化があるわけでありますから、やはり日本はお互いに協力し合うという社会。もちろん市場経済も大事です。しかしフェアな競争にしていくチェックの仕組みもしっかりつくらなくてはいけないというように思っていますし、社会全体が益々競争と効率に走って行くということが本当に日本の国民にとって幸せなのかということは大きな問題点のひとつだろうと思います。
 それからもうひとつは、今までの自民党政府でいいますと大きい公共事業政府なわけです。しかしいま本当に必要なのは何かというとセーフティーネット、社会福祉を中心とした政府をしっかりつくることなんですね。
 大きい政府論と小さい政府論という議論がありまして、何となくこれも国民は一般的に、福祉というのは経済の発展を阻害するというように考えている人が結構いるんですね。そして日本は福祉国家であって大きい政府なんだと思いこんでいる人がいるわけであります。
 しかし現実はどうなっているかといいますと、例えばGDP(国民総生産)に占める社会保障の割合という点からいうと英米並みなんですね。先進国の中でいうと低いんです。つまりアメリカ・イギリス並ということはどういうことかというと、小さい政府なわけです。社会保険の負担などを見ましても、日本とアメリカはだいたい15%くらいです。ですからそんな意味でいいますと決して大きい政府ではないんです。あるいはGDPの中における税の負担、これだって日本とアメリカはだいたい同じなんですよ、30%くらいの負担。北欧3カ国が50%をちょっと越えるくらいで、あとオランダやベルギーなどの中部ヨーロッパ、そして英米という、その英米ラインなんです。日本は大きい政府ではないんです。
 では何が大きい政府かというと、公共事業なんです。GDPに占める公共事業のウエイトが7%前後。欧米はだいたい1%台から2%です。公務員の数でも、人口対比でいっても日本は大きくないんですよ。先進国との比較でいうと小さいほうなんです。ところが持っている権限はどうかと、許認可の数は大きい政府なんです。1万1千件越えて、さっぱり減らない。先ほど申し上げましたように、この国会でも産業再生法のように、また通産省を含めた各省庁の権限を増やしてしまったわけです。
 ですから私どもは、一般的に大きい政府、小さい政府というのではなくて、この大きいところ、公共事業予算と許認可の件数。権限は地方に譲ったり、民間の市場参入をチェックしないで自由にするという意味では、権限を縮小するという意味で小さくしていかなくてはいけないと。それから公共事業予算をむしろ小さくしていかなくてはいけない。
 社会保障でいいますと、今まで世界の先進国の中で、社会保障のウエイトがGDPの中で非常に低くて、ドイツの半分ですから。それである程度の社会福祉を含めたシステムがどうして維持されてきたのかというと、ふたつの要素があるわけです。ひとつは家庭家族がバックアップしてきたというのが大変大きな要素です。もうひとつは企業が福利厚生という面でバックアップしてきたという、ふたつの要素があって、国の公的な資金の支出はGDPの中でウエイトは低いけれども、ある程度のレベルを持ってきたわけです。
 ところが日本の社会もご承知のように非常に大きく変わって、核家族化が進んでいく、そしてまた企業も福利厚生を出来るだけ縮小しようする。ではこのままさらに議論としてはこの公的ないろいろな関係、例えば年金にしてもそうですけれども、カットしようと、それが正しい選択かと。そうではないんですね。ですから私どもは、大きい政府とか小さい政府とかという漠然とした基準で物を見るのではなくて、大きい公共事業政府が良いのか、豊かな福祉政府が良いのか、というような選択肢を国民の前に明確にしなければいけないと思っています。
 しかも、公共事業と福祉について、最近茨城県と大阪自治研修所で行なった調査がございます。その調査を見ますと、1兆円を投入した場合の雇用効果は、公共事業が20万人です。これに対して福祉のほうは29万人なんです。9万人も大きな差があります。茨城県もほぼ同じ結果になっています。
 それからもうひとつは経済的な波及効果、これは一次波及、二次波及、三次波及とありますが、福祉部門の波及効果が2兆7120億円。公共事業の効果が2兆8255億円、ほとんど変わらないわけですね。しかし波及していく先は相当違うんです。
 これからの日本経済は、今まではもちろんモノづくりを中心にやってきました。モノづくりというのは非常に強い分野でございますから、これからもそれなりのウエイトを持っていくと思いますけれども、しかし方向性はやはりサービス経済なんですね。個人に対するサービス、事業所に対するサービス、この分野がこれから本当は望まれるわけです。アメリカがこの10年間に雇用を拡大した分野というのはこのふたつのサービスの分野に特化しています。例えば個人に対するサービスとは何かといえば、レジャー関係だとか、それから医療関係だとかです。もちろん福祉関係も。こういったようなサービスです。それから事業所に対しては、例えば人材派遣でありますとか、情報関係の提供であるとか、事業所に対する様々なサービス提供といったところが非常に大きくなってきているんですね。
 ではどこに波及していくか、どの部門に波及していくのかというのも非常に面白くて、福祉の投資による生産波及というのは、1番はもちろん福祉部門、次が商業部門、3番目が不動産で住宅の賃貸借の関係ですね、それから食料品、製造、金融、保険、医療保健、その他の事業サービス、化学最終製品、これは薬ですね、こういったところに波及していくわけです。つまり福祉部門の投資というのはある程度人件費が中心になりますから、そこからお金が広がっていくということです。
 これに対して公共事業は、1番は建設業で2番が商業というのは同じなんですけれども、あとの3番はセメントだとか、4番が金融、保険、不動産といったような形になっていくわけです。
 ですからこれからの経済の主力であるサービス産業へ広がりをもっていくということでも、先ほど言いました雇用効果ひとつ考えて見ましても、むしろ福祉部門のほうが経済的な波及効果は大きくなってきているんです。ここをやはりしっかり見ていかなくてはいけないというように思います。
 そしていま大事なことは、こういった社会保障分野を削除することで、人々はどういう行動をとるかといいますと、やはり心配になるから貯蓄に走るということになるわけですね。貯蓄に走るとまたその貯まったお金がということに周り回っていくわけです。いまは貯まったお金はどんどんアメリカに投資されていっているわけでしょう。日本の国内投資に向かっているわけではないんですね。
 ですから私どもは、経済の構造を変えるということを主張して、公共事業投資の中身を変えるということと同時に、雇用効果を含めて福祉投資をしっかりやったら良いと。もちろん福祉の関連投資というのもあるわけです、公共事業の分野でも。例えばいま行なっております国の住宅投資も、これから造る公営住宅を含めまして、住宅といえばもう完全に高齢者仕様にしてしまうと、例えばお風呂は埋め込みにして、トイレは車椅子でも入れるように広くして段差は無くしてと。戸数は減らしてもいいからそういう高齢者仕様にしていく投資にしたら良いのではないかと。あるいは街の中のバリアフリーに投資をしていくということ。それがこれからの福祉の、例えばデイサービス、ショートステイ、ホームヘルパー、こういうところに行なう投資とあいまって、日本の社会の経済の構造の仕組みそのものも大きく変えていくことにつながるんだというように思っております。
 そこでちょっと関連してお話し申し上げますと、公的介護保険制度でありますが、これはもうすでに何度も地域で学習会をやっておられて、問題点も充分掌握されておられると思います。
 やはり一番大きい問題は、在宅サービスの体制が極めて不充分だということであります。この在宅サービスでいいますと、ホームヘルパーは今年の予算でいま17万7千人でしたか、これは要需要の40%を達成するという話だったんですが、現実には必要な人をどう見るのかというようなことなどを考えまして、ほとんど必要な人々の10%から15%くらいではないかと言われているわけでありまして、ホームヘルパーのこれからの充足が非常に期待されるわけであります。
 民間企業でもホームヘルプサービスを提供するところがずいぶんと出てきています。問題は、しっかりとしたサービスが納めた保険料に匹敵するだけ受けられるのかどうか。また、ホームヘルパーの方は単なる家事手伝いというよりも、これからはケアの面ももっとやっていかなければいけないことになるでしょう。ともかく今は数を揃えるということで、3級である程度の時間をやった人もみんないいですよという形でどんどんやろうとしていますが、しかし他方で、報酬はかなり低く抑えられているということで、なかなか人を確保するというのも大変だというように思っています。
 しっかりとしたトレーニングを受けて資格を持って、その代わりしっかりとした給与が払われるという仕組みが必要になってくるんだろうと思います。
 それからもうひとつ、厚生省の有識者がやはりこれは間違ったと言うのが療養型病床群であります。これは医師会とのいろいろな話しの中で、厚生省の方にもいわゆる社会的入院という形を解消するとか、ベッド数をどうするというようなことの思惑もあったんだろうと思うんです。そこで一致したんだろうと思いますが、しかし本当に介護ということにふさわしくない形の暫定的な療養型病床群があるわけで、本来ならばちゃんと食堂も必要ですし、それから談話室も必要だということでございますが、リハビリ室くらいあれば後はいいですよと。廊下がなかなか車椅子で通れないような狭いところもあれば、一人当たりの部屋の面積が狭くても暫定的に認めましょうということになっていまして、そういうのが5割くらいあるという状況になっています。
 これらあたりはこれから皆さん方がしっかり地域でチェックする役割を果していかなければいけないというように思います。ドイツなどでもいろんな問題が生まれてきていまして、苦労していることが報道されておりますが、日本ではそういうことにならないようにどうしていくのか。本来はやはりしっかりとしたケア施設に移行していくことが必要ではないかと思います。
 療養型病床群が一番何と言ったってお金を取るわけでありますよね。要介護で一番高いところで、費用も一番大きいということであります。
 その他、低所得者の人であるとか、要介護の認定を受けなかった人々をどうするのかとか、いろんな課題がまだまだ地域の中にも、また地域によっていろんな課題があろうかと思いますが、それは私ども民主党の本部のほうでも、この介護を推進する本部をつくっております。今はまだ来年4月実施に向けてのいろいろな過程にあります。いろいろな問題が地域から起きてきますので、それを受けて厚生省と交渉したり、予算が必要な分野については予算要求しながらというように考えておりますので、地域の皆さん方も、この問題は住民の皆さんも非常に関心の強いところでありますので、声をしっかり受けて、出来ればそれぞれの地域に合った条例をつくって頂いて、これはなにも介護条例というよりはもうちょっと幅広い福祉条例をできればつくっていければいいなということで作業を進めておりますので、そんな点も考えていただければと思っています。
 公的介護保険制度というのは、ある意味で言うと地方分権のひとつのモデルケースであります。保険料をどうするか、どういうサービスを地域で提供するのかということはまさにその地域で決められると、決めることが出来るというのが地方分権の大きなひとつの実験でもあります。
 ここで厚生省から支持された通りに全部やってしまうのではなくて、上乗せでも横出しでも出来るわけであけでありますから、しかしそれは地域の中で議論をして、保険料が高くてもこういうサービスが受けられるのならばいいという地域もあるでしょうし、いやそんなことよりともかく保険料は安いのが一番なんだというところもあるのかもしれません。それは地域の中で大いに議論してやればいいと思うんです。
 しかし多分、立派なサービス提供の町が出来れば、少々保険料が高くてもその町に移ろうというような人々がこれから出てくる、そんな時代になってくるんだと思うんです。そういう意味での競争が市町村の中で起きるということは非常に大事なことでありますから、それぞれの地域の介護保険の基本のところをどうするのかいうこと地域の皆さんとしっかり話しをされて、ご議論を頂ければと思います。
 何か疑問な点がありましたら、本部に問い合わせしていただければ、介護の本部が出来て、そういう点をしっかり受けとめて活動しておりますので、その点を皆さんにご紹介申し上げたいと思います。
 それから3点目になりますけれども、これからの日本の社会の中でやはり大事なことは何かというと、『市民が主役の政治』ということですね。特定の利益集団に配分する政治というのは今日までまかり通ってきて、まだ今でもそれがまかり通っているわけであります。何ヶ月か前に、医師会が衆議院の小選挙区300選挙区から代表者を集めて自民党と懇談会をやったんですね、次の衆議院選挙、応援しますよと。その代わり医療改革をよろしくお願いしますという話ですよね。そうするとここに手を付けることが出来ないわけです。いま問題はたくさんありまして、例えば医療でも診療報酬をどうするか、薬価の問題をどうするかと。あるいは保険制度をどうするかですね。例えば市町村の国民健康保険というのはいま皆さん方一番大きな問題でしょう。これは都道府県に統合すべきだというのが民主党の意見であります。それから政府管掌保険は都道府県に分割するということで、市町村でこれから頭を痛めてなかなか難しいでしょうと。まあこれは都道府県知事会は反対しているようですが、私は都道府県に集約するということで、その方向が正しいだろうと思っています。
 それから診療報酬も、私どもは今の出来高払制度から包括支払制度にしようと。例えば盲腸の手術ですと、それは簡単な手術から、ちょっと破れそうだ、あるいは破れてしまった盲腸手術というのがあるわけです。そうするとその一定の金額でもってやりなさいという具合に支払い報酬を決めてしまうんです。そうすると、腕の良いお医者さんはあまりお金を掛けないで、薬など余計なものを使わないで直すでしょう。それが出来ない人は薬をやたらと使ってしまうということになるわけです。
 そういうことで、自ずから一定の金額で報酬を払うことによって、ある意味での技術評価を側面からしましょうというやり方にしましょうと。そうするとそのことによって薬も自ずから制限されるのではないかと、あれもこれもとたくさんの薬を使うというよりも本当に必要な薬を使うということに出来るのではないだろうかという考え方で、そういった包括的な支払いの仕組みということをベースにしたり、診療所と病院の機能分担だとかを考えています。これらはなかなか医師会には納得してもらえないような中身でございますけれども。
 あとは、老人医療をどうするかという問題もありますが、今は党内の政調の段階で議論をまとめたところでありますが、そういった特定の団体の利益ということで改革に手が付かないと。去年、老人医療の一部負担を入れて、また今回それを無くしてしまったと、こんないい加減なことをやって、医療改革の本体には全くメスが入らないと、これが今日の現実になっています。それには何がバックになっているかというと、そういう政治に対して300小選挙区から代表を集めて、選挙応援するから何とか頼むと、これがこういう分野でまかり通っていたのではやはり改革にはならないわけです。私どもはそこを抜本的に改革していこうと考えているわけであります。
 市民が主役の政治というのは、市民が出来るだけ身近なところで政治に参加して、選択して、自分で決定できるという仕組みをつくることでありますから、ひとつは何と言っても地方分権ということになるわけであります。
 皆さん方ご承知のように、地方分権も機関委任事務が廃止されまして、自治事務が初めは8割くらいと言われていたのが55%くらいになりましたけれども、しかしこれはいずれにしても条例で制定して、地方が自ら決めるという事項が非常に増えているのは間違いないわけです。これも公的介護保険制度と同じように、それぞれの地域でどれほど特色が出せるかということは内容にもよるわけですが、やはりしっかり議論しないと、政府がきっとモデル条例案をつくってそれで終わりということになりかねないわけであります。
 そういった意味での地方分権と同時に、やはり大きな問題は、日本の場合は今まであまりにも公的セクターと企業セクター、いわば民間セクターに偏りすぎていたわけです。それをこれからは公的セクターや民間セクターと一緒に市民セクターというものの役割を増大させて、それぞれのセクターが役割分担しながら責任を果すという仕組みをつくらなければ、日本の高齢社会を乗り切っていくことがなかなか難しいというように考えております。
 例えば地域の中で言いますと、いろんな組織があるわけです。社会福祉協議会があれば病院もあれば、特別養護老人ホームや老健施設のような施設もある。あるいは最近ですと、介護の支援センターもあれば訪問看護ステーションもあるというわけですね。こういうものがしっかりネットワークを組んでやっていかなくてはいけないわけです。ホームヘルパーでも、自治体が持っているホームヘルパーの方がいれば、これから民間のホームヘルパーの会社も増えていくわけです。さらに市民が市民としての地域の責任を果そうという形でのいわゆるNPOとしてのホームヘルプ活動というのも大都市を中心にだんだん広がってきているわけであります。
 こういうものがバラバラではなくて、しっかりネットワークを組む。どこがコーディネートするかというのはそれぞれの地域の中で中心的にやれるところがコーディネートすれば良いわけですが、私ども民主党が今度発表する政策の中に、例えば高齢者時代をどう考えるかということで、中学校単位で2ヵ所くらいをベースにしてグループホームを全国に、いくらだったかな、2万ヶ所くらいつくることを次の衆議院選挙の公約として準備しております。
 これなども結局、中学校単位という言葉が政策として初めて出てくるわけなんですが、やはり都会などの場合はそういうことでしょう。市町村それぞれの事情、状況で、どういう地域、それは住んでいる人口にもよりますし、高齢者の人の数にもよるわけでありますから、一概に中学校単位ということが良いかどうかというのがありますが、都会を中心に考えますれば中学校単位くらいにそういうネットワークをしっかり組む。その時に我々民主党の基本的な立場は、全部政府がやるのではない、全部市場が供給するのではないということだけ決めているんです。ではどうやるんだというところが少し弱いわけです。
 旧民主党ではそこははっきりと市民が主役の政治と、いわばNPOというものを育てて、市民中心にネットワークを組んでいくということが基本的な方向性だったわけです。その方向性を、私は今、自自公の上からの非常に国家主義的な色彩の強い政治の流れの中で、いわばタテ社会、日本がタテになっている、永田町と霞ヶ関が手を結ぶと3千数百の市町村の末端にまで、このタテの影響力を行使する力に対して、抵抗するいわばネットワーク、地域の中で壁を無くしていくと、どうしてもタテ社会というのは壁をつくるわけです。タテごとに全部壁をつくってしまって、がんじがらめに自民党政治が出来あがっていると。そしてそのタテの中で集団に利益配分をするという政治構造ですから、これを変えて民主的な社会にしていくためにはやはりヨコのネットワークをつくっていかなくてはいけないわけです。
 そういうネットワークとしていま大きく活動してきているのが福祉の分野の活動だと考えておりますし、あるいは全国各地にあります町興しの活動などというのも、そういったいわばヨコのネットワークなわけですね。地域の中で農協と商工会と地区労ということでなかなか手を結べない壁というのがやはりあるわけであります、北海道はそれでも全国に比べるとまだその壁の高さは低くなっているというように思いますけれども。
 そのネットワークというもの、この頃はすぐに国境を越えてネットワークを組んだり、圏を越えてネットワークを組んだりというような状況になっていっています。これからはそういう時代に益々なっていくんだろうと思うんです。
 世界的に見ましても、EUのように国家を超えた大きな組織が出来ると同時に、ローカルなつながりといいますか、ネットワークがヨーロッパでも非常に広がっていっております。両極なんですね、大きくなると同時に、つまり国境を越えると同時に、その越え方はふたつありまして、地域で提携していくという方法と、国と国とが大きな提携をすると。NAFTA(ナフタ)というのも経済では大きな提携をしてきたことになるわけであります。
 そんな意味で、市民が中心の政治、また市民セクターというのを大事にして、決して企業セクターや公的セクターに偏らない政治を行うというのも私ども民主党の大変大事な基本的なスタンスでありまして、自民党や自自公の人たちが考える政治とはそこが大きな違いだというように思っています。
 それからもうひとつは、平和の問題であります。いまの日本の流れは、ガイドラインから有事立法へと議論が変わってきていると。一体何考えているかというと、戦争が起きたときにどう対応するかということなんですね。ガイドラインもそうですし、有事立法の議論もそうなんです。
 現実問題として、ではいま日本の国土に直接侵略するような脅威というのが、どこかこの周辺にあるんだろうかと、軍隊を送ってきて日本の領土を侵略するなんていうことがあるんだろうかというと、北朝鮮のテポドンの話がありますが、では何のために日本は思いやり予算として6200億円ものお金、これは地代から何から入っていますが、お金を払って、日米安保条約を結んでアメリカと提携しているんだということになるわけです。テポドン1つくらい抑止する力くらい、アメリカは圧倒的に持っているわけでありまして、そんな意味でいま一番大事なことは何かと言うと、戦争の準備をするということではなくて、やはり平和をつくるために何をやるかということであります。
 日本の外交はそういう意味では、特に北東アジアにおける外交は非常に弱い。ほとんどアメリカに頼っていると言っていいと思います。最近の状況はいろんな人が指摘しているように、日本の過剰なアメリカへの依存。私もアメリカとの外交は一番大事な外交だと思います。日本にとってアメリカとの関係はひとつの中心でしょう。同時にアジアとの関係も大変大事であると。これから益々国連のウエイトも重くなっていく。この3つをしっかりとした柱として、日本の安全保障と日本の国際社会へ果す役割というものしっかりしていかなくてはいけないわけです。
 我々が米軍へどう協力するかというのはガイドラインでしたが、米軍への協力ではなくて、むしろ国際社会へどういう協力をするのかということが中心でなければいけないわけであります。
 例えば朝鮮半島の問題だけちょっとお話しますと、アメリカの政策ははっきりしています。何がはっきりしているかと言いますと、冷戦が崩壊した後、アメリカの安全保障上のプライオリティのナンバーワンは核拡散の防止なんです。大量破壊兵器の拡散防止というのがナンバーワンなんです。核拡散を何とか防止したいということでありましたが、パキスタンが核実験をやって核を持ったということで、必ずしもこれはうまくいっていない。もちろん核保有国は自分達が独占して、あとの国はNPD条約に入りなさいと。では核保有国は核軍縮をやっているかというと、まあそれは米ソの話し合いで少しずつは減らしていますけれども、もっと大幅に核を減らさなければいけないし、それはまさに日本が大きくイニシアチブを取らなければいけないところなんです。
 ですから北朝鮮の問題で言えば、核開発を阻止するというのがアメリカの外交のまず第一になるわけです。それから同時に朝鮮半島で戦争を起こさないというのもアメリカの大きな柱になっています。
 アメリカのペリー国防長官以来の最近の政策、クリントン大統領からの政策は、ひとつはこの朝鮮半島において戦争を抑止して、核拡散を防止するということ。中国に対しては、ソ連に対して行なったような封じ込めではなくて、中国とは建設的に関与していくということ。それからもうひとつは日米とか米韓といったような2国間の条約をしっかりと強化していくということ。もうひとつは、2国間だけではなくてアセアン地域フォーラムのような多国間の仕組みもしっかり支援して参加していくということ。この4つがアメリカ外交の目標になっているんです。
 したがって北朝鮮に対しては、ジュネーブの米朝交渉以来、あの国の今の政権を認めて、そして崩壊はさせない、むしろ支援をしていくと。崩壊過程で何が起こるかわからないから、崩壊しないようにバックアップしていこうというのがアメリカの政策です。韓国も、前の内閣からそうですが、特に金大中大統領になってからは、北が崩壊すると後は韓国が全部責任を持つといってもそれは大変だから、北は北で何とかソフトランディングして頑張ってやってほしいというのが韓国の方針です。中国も、北が崩壊して黄緑江から豆満江のところまで、アメリカの影響力のある政権が誕生したのでは困るから、これも何とか崩壊しないようにしようではないかと、こういう考えなんです。
 日本だけが方針全くなしです。だからKEDOで大変なお金を出しながら、北朝鮮に対して何の発言もないわけです。何をやろうにも何か言う場所を持っていない。外交を完全に放棄しているんですね。言いたいことはたくさんある、それは拉致事件の問題にしてもいきなり実験でミサイルを飛ばしたことにしても、言いたいことはテーブルについて話しなければ言いようがないわけです。文句の言い所も無いわけですね。これはやはり外交的な努力としてテーブルについて、その上で交渉をやっていけば良いわけで、アメリカはそういうやり方をしています。アメリカの外交のほうがそういう意味では非常にきちっと行なわれているわけです。そしてもちろんアメリカは外交が失敗した場合にどうするかということの抑止力も考えていますから、今回のガイドラインもそういう内容として考えられているわけです、アメリカの立場からは。
 それに日本は協力したということですが、そちらのほうには協力しているけれども、対話と抑止といいますが、抑止力は大いに高めているわけですが、対話のほうはさっぱり進まないということでありまして、やはり今一番大事なことはそのことだろうと思っています。日本の自主的、自立的な外交が大変大事なことだと思います。
 アメリカはやはり何といっても自分の国の利益を第一に、まあどこの国もそうですけれども、アメリカは特に考えていますから、この頃何でも自分の基準で、例えば金融機関の自己資本比率というのもそうですね、確かにこれは国際的な基準ですよと言えばそのことを否定はしませんけれども、金融機関の状況は各国それぞれ相当違うわけです。では同じように、日本が国際は8%、国内は4%の自己資本比率を持たなければいけないと。本当にその通りなのかと。それが3.5%ではいけないのか、あるいは5%ではいけないのかという議論をし始めますと、必ずしもその根拠がはっきりしているわけではありません。
 結局、これからの国際社会というのは、国際社会の中の基準をつくった国の勝ちなんですね。各付けというのがありますが、あれはみんなアメリカが各付けしているわけですから、日本が各付けできるような力を持つならばまだしも、アメリカにみんな各付けされますから、つまりアメリカに左右されているということであります。
 この間の経済政策を見ても、バブルが崩壊した後、アメリカが何を言ったかというと、公共事業の拡大でしょ、650兆円でしたか。公共事業をしろと言われてやって、その結果どうも公共事業ばかりで、それがさっぱり内需拡大、経済構造の改革につながらない。
 バブルが崩壊して10年もたって初めて不良債権が大変だといって騒いでいたのが去年ですよ、去年のサミットの後ですよ。そういう状態でしたから、やはりもっと自分達の立場に立って考えていかなくてはいけないと思っています。
 最後に、憲法の問題でいろいろと議論が始まろうとしています。私は、政治的にはいま憲法の問題を議論するより先に、先ほど言いました国内の福祉だとか雇用だとかの課題をしっかり解決する、そのための政策を提起するということが大事だと思っています。
 これは言うまでもないことなんですけれども、憲法というのは、日本の20世紀を考えてみますと、初めの50年間はいわば富国強兵の路線のもとに国家主義的な運営を行なってきたわけです。戦争を遂行するためには戦争反対という声を抑えなければなりませんから、治安維持法という法律が出来て、基本的な人権、国民が何か出版、表現しようとしても検閲を受ける、あるいはデモや集会をやっても禁止されるという状態だったわけであります。
 それからまた、戦争を遂行するために、資源を国家が管理して配分するということで、官僚の力がこの戦争遂行を通じて強くなっていったわけです。
 政治は大政翼賛会ということでみんなが大同団結し、労働組合もその大政翼賛会のいわば一翼を労働戦線の中から担っていったわけであります。そして朝鮮半島を植民地とし、中国への侵略戦争を行なって、日本の国民も多くの人々が戦争で亡くなったわけです。
 そういう反省から実は新しいスタートをしようということで憲法が誕生したわけですから、大政翼賛会的な軍部支配の政治ではなくて国民主権を、基本的な人権をしっかりと大事にしていこうということで集会や結社を含めた表現の自由を大事にした基本的人権の尊重ということをうたい、そして二度と戦争を起こさないという決意のもとに平和主義、憲法前文、9条というのが出来たわけです。
 私も、憲法というものが絶対的なものだとは思いません。もちろん市民的な権利を拡大する、例えば国民投票制度を導入することであるとか、知る権利を明記するとか、環境権を明らかにするとか、あるいは男女共同参画社会がこれからの日本の社会なんだというようなことをはっきりさせる、市民的権利を拡大するということで議論するということならば、別にそれに反対するわけではありません、大いにやったほうがいいと思います。
 ただこの憲法が、そういった20世紀前半の日本の大きな反省から生まれたものだと考えれば、国民主権、基本的人権の尊重、そして平和主義という理念は絶対変えてはいけない大事な理念であるし、憲法というのは国家の理想、あるいは国の理念、目標なんですね。ですからこの理念は益々これから21世紀になって、他の国に対して国際社会の中で日本の誇るべき大きな理想であり、理念であると私は思っております。したがってこの理想と理念をむしろ放棄して、現実に合わせるほうが良いという議論には私は賛成できない。憲法前文と憲法9条は、やはりしっかり活かしていったほうが良いと、私は活かしていくべきだと思います。
 現実との間にギャップがあるのははっきりしていますから、そのギャップは安全保障基本法という法律をつくって、戦後50年間私たちが議論してきた自衛隊についての原則というのがあります。自衛隊は日本の国土防衛の組織である、専守防衛であるとか、自衛権発動の3要件であるとか、集団的自衛権は行使しない、海外派兵はしないといったような、非核3原則も含めた原則があります。この原則をしっかりと安全保障基本法という形で明らかにして、そこで私どもは日本の国を守るための必要最小限度の組織としての自衛隊を明確に位置付けると。そしてそれを世界に向かってアピールしていくと。もちろん自衛隊の役割も、国土防衛ばかりではなくて、最近では災害派遣であるとか、PKOでありますとか、あるいは世界各国への人道支援、災害救助といったような課題がありますから、そういう多様化した課題はしっかり自衛隊の活動として、その安全保障基本政策の中に位置付けるということで良いのではないかと考えております。
 いま私が申し上げたことというのは、実は何も新しいことではありませんで、旧民主党の基本的な政策としてみんなが一致して、基本的文書の中に書かれていることをいま申し上げたわけであります。
 私は今度の代表選挙、来週の31日に正式に出馬表明する予定にしています。北海道で鳩山さんも出るのに何も一緒に2人出る必要ないではないかという議論もありますが、菅さんと鳩山さん2人だけでどんな政策論争になるのか、私は若干心配致しておりまして、私が参加して、いま申し上げたような政策の議論を展開できればと思っています。つまり、競争と効率の社会か、あるいは協力し合える日本の社会をつくるべきなのか、あるいは大きな公共事業政府なのか、豊かな地方福祉政府なのか、市民が主役あるいは市民セクターというものをもっと大事にしていく政府、やはり平和をつくるということを目標とする日本の外交、憲法を含めて、今までのお二人のお話の中でわたしの考えと違うところもあれば同じところもあるわけでありますが、基本と土台は冒頭申し上げました、自民党と対決して、違う選択肢を国民の皆さんの前に明らかにして、次の衆議院の総選挙で何としても勝ち抜くために、さわやかに政策を中心とした議論を展開していきたいと思っています。
 3つの潮流が一緒になって出来た政党でありますから、それぞれ支持する人々がいるわけであります。それぞれの人々が納得できるような、しかしそればかりではなくてさらに幅広く国民の人々の支援を受けられるような形にしていかなくてはいけないと思っています。
 今度の相手方は、自由党から自民党、公明党と、非常に幅広いわけです。この幅の中で我々も納まっていたのでは対抗軸にならないわけです。考え方が似ている人は公明党の中にも自民党の中にもいるわけでございますが、やはりこの幅に対してある程度重なったにしても、こういう幅でなければ、違う幅で闘わなければ選挙にならないわけでありまして、同じ自民党のような化け物みたいな、幅と許容力があるような政党の中でもってやったって、それはとてもじゃないけど闘いになりません。やはり明確に対抗軸をはっきりさせるということが非常に大事だと思っています。
 そしてその基盤は国民の中にあるんですね。いまいろんな調査をやりますと、政党支持は自由民主党から共産党まで全部入れて50%です。残りの50%は政党支持無しなんです。そのうちの15%は無関心層です。35%の人々は非常に意識的な政党支持無し層で、元政党支持者の人もかなりたくさんいます。この人々が昨年の参議院選挙では私ども民主党を支援してくれたわけです。今年の4月のときには若干残念ながらここの層は必ずしも民主党を支持してくれなかった。今度の衆議院選挙はやはりここにしっかりと焦点を当てて、そこの人々の支持を得られるような政策を提起しなければならない。私はいまいくつかの点だけ申し上げましたが、そういう選択でいうと、私が提起した選択肢をこれらの人々は選んでくれるものと確信致しております。
 そんな意味でちょうど時間にもなりましたが、(代表戦は)9月11日から25日まででありまして、北海道で争うということに心配されている方がおられるかもしれませんが、ご心配なく、極めてさわやかな政策中心の議論を行なって、民主党の支持が地域の中でも広がるような、そんなことにしていきたいと思っております。
 また何かご意見がございましたら、皆さんのご意見も本部のほうにお寄せ頂ければと思っております。
 今日は長い間本当に皆さん方ご苦労さまでございました。そんなつもりでやりたいと思っておりますのでよろしくお願い致します。どうもありがとうございました。