チェルノブイリ事故からの教訓

 

 皆さんこんにちは、横路孝弘です。
 だいぶ寒くなってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

 3月11日の東日本大震災からもう8ヶ月過ぎました。復興に向かってみんなで努力しているところでございますが、問題は、あの原子力発電所の事故をどう処理するのか。
 いまここで原子力発電所についての基本的方向性について、私はもう新規は認めないと、そして40年以上経ったりして古くなったものや、あるいは浜岡原発のように地震の震源区域に建っているような危険な地域の原発はやめていくというようにして、その間、再生可能エネルギーやあるいはこれからたぶんガス発電などに切り替えていく必要があるだろうというように思っております。

 いま54基のうち10基くらいしか動いていません。しかしちゃんと社会は動いているわけでございます。
 特にすばらしかったのは、東京電力の区域内で1000万キロワット、1000万キロワットというのは原子力発電所10基近いものに該当するものです。これがたとえば自動車産業界だけでも原発5基に匹敵するくらいの省エネを実現しました。
 土日に仕事をして木曜金曜を休みにするというようなことで、電気の具体的な節減に努めたわけですね。
 こういうことなど、私どもが努力をしていく。そのためには方向性がしっかりと定まるということが大変大事なことでありまして、まずやはり方向性をはっきりさせるということが大事なことだと思います。

 以前もご報告いたしましたが、先日、ウクライナのチェルノブイリに行って参りました。
 チェルノブイリに行って非常に感じたことは、日本はあのチェルノブイリの事故の後、原子力委員会など含めて、「これはロシアの技術で起きたことであって、日本にはまったく関係ない」、「日本は何の心配も無いんだ」という発言をずっとしております。しかし今回のような事故になってしまったわけですね。
 チェルノブイリの事故そのものは日本と形態は違いますが、その後のいろんな対応、避難をする、食品の汚染やあるいは水の汚染をどう防いでいくのか、病気の管理をどうするのかというようなことはやはり非常にしっかり学ばなければいけないというように思います。

 何と言いましても、やはりどういうように汚染が広がっているのかという汚染地図を作成しなければダメだと思います。
 チェルノブイリの事故のときも、あれは1986年4月26日ですが、もうその1週間後の5月3日には北海道の草からセシウムが検出されているんです。そして5月14〜15日になると牛乳からも検出されました。
 今回の福島原発も、たぶん風の流れによっては北海道とかロシアとか、あるいは朝鮮半島などの方にも行っていると思うんですね。
 ですからセシウムやストロンチウム、ストロンチウムなんていうのはほとんど調査していないと言ってもいいような状況ではないでしょうか。この汚染地図をしっかり作成すること。しかも範囲は福島の周辺ばかりではなくて、全国を範囲としてしっかり調べるということが大変大事なことだというように思っております。

 住民の方々がいろいろ避難しました。チェルノブイリも4月26日の事故の次の日には半径10キロについては避難するということが決まっているんですね。そして5月2日には半径30キロ、170の村、9万人の住民の避難が決まっています。
 今もウクライナには、避難しなければいけない、そこに住んではいけないというようないろんな要件があります。この要件に該当するようなところは、日本の中にもあるんですね。
 食品の基準を含めて、日本はウクライナやベラルーシに比べると非常に甘くなっています。放射能の内部被曝ということについてあまり調査がありませんけれども、ともかく子どもだとか、これから子どもが生まれる女性の方などはやはり被曝していない安全な食物をちゃんと食べるということがどうしても必要ではないかなというように思っています。

 もうひとつ問題なのはIAEAですね、国際原子力機関。これはもう原子力利用のPR会社ではないかというように思うくらい、推進推進なんですね。
 チェルノブイリの事故の後も1991年に調査団を送って、チェルノブイリの事故で被曝した人間は一人もいないみたいな報告をしている。そこには日本のしかも広島長崎の学者がたくさん行ってそういう片棒を担いでいるんですね。
 ところが実際には4〜5年経ってからどんどん甲状腺ガンなどが子どもに広がっているというような実態などもあります。

 もう一度チェルノブイリの事故をしっかり見直して、そして同時に我々のこの福島原発の状況についても全国的にしっかりと調査することが必要だというように痛感いたしました。


   2011年 11月 26日

横 路  孝 弘