今こそ日本の歴史を振り返るとき

―憲法9条、日中関係、日韓関係―

 

 皆さんこんにちは、横路孝弘です。
 いよいよ衆議院、参議院の憲法調査会の報告も出まして、憲法論議が盛んになって参りました。
 私はもちろん、憲法9条1項2項を改正することに反対です。

 自衛権を明記するために改正は必要だと言われる方がいますが、憲法9条の解釈として日本の国は自衛権を持っているというのははっきりしているわけです。
 ここで9条を改正して、例えば1項を残して2項を改正するということになればどうなるかといいますと、今まで憲法9条のもとで確立してきた原則、海外派兵はしない、集団的自衛権の行使はしない、攻撃的な兵器は持たない、そういう言わば「専守防衛」ということを軸とした考え方がゼロになるのです。その上で、一般の軍事力になりますから、隣の国が核を持っていればこっちも核を持とうと、隣国よりも強い軍事力を持って抑止しようという考え方になるわけです。
 それと同時に、憲法9条があるから今まで歯止めがかかっていた総理大臣が戒厳令を引くということが可能になります。そしてその戒厳令を引いたときには、我々国民が持っている基本的人権、戦争に反対したりする表現の自由、報道の自由、そういった自由が制限されることになるのです。
 ですから、単に自衛隊があるからそれを憲法でちゃんと認めたらいいではないかということにとどまらないで、大きな問題がそこに生まれるということを私たちはしっかり認識しなければなりません。

 また、憲法9条はやはりこの前の戦争の反省の上にできたものです。あの戦争で日本人が313万人亡くなりました。戦争の最後には広島と長崎という本当に悲惨な原爆の体験もしました。と同時に、加害者としてはアジアで2000万人もの人を殺したり、亡くしてしまったわけです。
 考えてみますと、明治以来の日本は、中国と朝鮮半島への出兵そして戦争の歴史であったわけです。
 先日も韓国の学者の方と話していて、「日本は中国や北朝鮮を脅威というけれども、我々は明治以降の100年間、日本に対して兵隊を送ったことは一度もないよ、送ってきたのはみんな日本ではないか」と言われました。
 確かに、例えば明治政府ができた直後の1875年に江華島事件、その後の東学党の乱などで朝鮮半島に兵隊を送り、とうとう朝鮮半島全体を植民地にしてしまった。それは戦争が終わるまでずっと続いたわけです。
 それから中国に対しても、これも19世紀1894年の日清戦争、その後、義和団事件、アモイ事件、青島攻略、山東出兵など、歴史の教科書で聞かれたことがあるかもしれませんが、兵隊を何千人も送り込んで、そしてとうとう中国の中に満州国をつくった、こういう歴史があるのです。
 そういう植民地にされた、満州国をつくらされてしまった、そしてそこにはどんどん日本から満蒙開拓団というのがやってきて、そこで農業をしていた地域の住民を追い出してしまった、そういうような被害を受けた歴史というのはまだまだ生きた形で残っているのです。

 今年の日本政府の予算の中に、中国で捨ててきた化学兵器の発掘作業、掘り起こして廃棄するための予算がついています。急速な経済成長を続ける中国では建設や土木工事が盛んですが、工事現場から日本軍が捨てた化学兵器が次々と出てくるのです。その化学兵器が漏れて、ケガをしたりいろんな被害が生まれているのです。
 ですから戦争が終わって60年経っても、まだそういう被害があちこちで起きて、そのことが報道されるというような中にあって、この日本と中国、日本と韓国、北朝鮮とはまだ国交が回復されていませんが、そういう関係は整理されていないのです。

 ドイツはフランスとの間に、あるいはポーランドとの間に本当に友好的な関係をつくってきました。友好関係を築くためにこれまでどういう努力をしたか、私はシュミット元西ドイツ首相に話を聞いたことがあります。当時フランスの相対しているのはディスカル・ディスタンという保守党の政治家ですが、1ヶ月に1回くらい電話をしたり会ったりして意見交換をする、それから重要な政策については事前にフランスに教えていたというのです。
 そういうような努力を5年、10年、15年、20年、30年とずっと積み重ねてきた関係があったから、西ドイツが東ドイツと統一するときにフランスは賛成したのです。ポーランドも反対しなかった。イギリスのサッチャー首相はフランスに対して「反対しよう」と声をかけたけれども、フランスはそれに応じなかったのです。それはそういう努力の積み重ねがあったからです。

 いま日本の首相と中国の首相は1年に1回会うかどうかでしょう。会うにしても物凄く簡単に会えない状況にある。韓国の大統領とも毎月1回電話をしたり話をしたりするような感じになっているでしょうか。
 そういうところを私どもは、憲法9条改正云々議論するときには、やはりもう一度日本の歴史を振り返ってしっかり考えて参りましょう。


   2005年4月24日

横 路  孝 弘