憲法調査会での横路発言

2000.4.6

○横路委員 民主党の横路です。きょうは貴重な御意見、どうもありがとうございました。
 きょうは午前中、東大の北岡先生から、憲法の制定をめぐる、GHQと日本側のいわばせめぎ合いとその過程ということについてのお話をいただきました。先生からもその点についてのお話があったんですが、そのせめぎ合いというところで少し御意見をお伺いしたいと思うんです。
 もともと我が国、戦争を行って、ポツダム宣言を受諾して戦争は終結したわけですね。ポツダム宣言の中には、軍国主義勢力の追放というようなことでありますとか、民主主義社会の実現あるいは基本的人権を尊重するというような幾つかの項目が、たしか十項目めだったと思いますが、入っているわけですね。そんな意味では、新しい憲法をつくるということは、日本としてはいわば国際社会に対する約束とも言えるわけで、義務と言ってもいいのかもしれません。
 GHQ側からいいますと、戦争を起こし、周辺諸国を植民地化し、侵略戦争を行った、そういうことが二度と起こらないようにどうするかということをアメリカを含めて考えたと思うんですね。そのとき、やはり問題になるのは、日本の軍事力をどうするかということと、あの戦争を遂行していく過程の中では、人々が自由に物を言う、戦争に反対するということができない状態でありました。治安維持法なんという法律があって基本的人権は抑圧されていたわけですし、あるいは報道の自由といったって検閲が行われていたわけですね。
 ですから、そういうような基本的な人権をどうしていくのか、どういう民主主義社会にするのかということは、それは当然、アメリカを含めてGHQは考えたと思いますし、日本の方は日本の方で、再び国際社会に復帰していくための国としての条件というのは一体どういうことにあるんだろうかということを指導者はやはり十分考えたと思うのです。
 もちろん、戦争を遂行していく中では、行政などが中心になって資源の配分などを行いました。いわば行政主導型の経済というようなものも戦争を遂行する過程の中で強化されていったわけですね。
 ですから、本当に、二度とそういう事態を起こさないための枠組みをどうつくるかという場合には、たくさんの課題があったんだろうというように思いますが、いずれにしても、GHQ側の考えと、日本側の、国際社会にどう復帰していくのか、そのための条件は何かという点では、かなり共通のベースというのがそこに一つあったんだろうと思います。
 それからもう一つ、この憲法論議の中で、特に日本側の議論の中では、次の日本の社会をどうするのかという意味では、人権をめぐっての世界的な流れ、先ほど先生おっしゃったいろいろな流れと同時に、ワイマール憲法という二十世紀初頭の憲法の中での、いわば生存権とか社会権というような新しいものも、次の日本の社会の一つの基本的な枠組みとしてこれを取り入れたということになっているわけですね。
 確かに、GHQ側にもいろいろな意見があり日本側にもいろいろな意見があって、せめぎ合いはありましたけれども、ポツダム宣言を受けてどうしていくのかという大きな流れの中でいいますと、かなり共通した認識、意識というものがあってこの憲法というのは誕生しているのではないかと私は思いますけれども、先生はいかがお考えでしょう。

○進藤参考人 基本としては、おっしゃるとおりだと思います。
 ただ、あえてつけ加えさせていただきますと、既に申し上げましたように、日本側にも二つの流れがあって、先ほど御質疑がありましたように、変革派という言葉を使えば語弊があるかもしれませんが、改革派、それから守旧派、明治憲法体制下で古い国を新しくしていくというだけの立場の人たちと、それから本当に国をつくりかえていくという、それこそ芦田さんから鈴木義男に至るまで、ワイマール憲法の自由権から生存権への動きを強めていくというその動き、これは、おっしゃるとおり、アメリカ側のGHQとの間でまさに車の両輪になって新しい日本をつくり上げていった。それがまだ未完なんだというふうに言えるかもしれません。
 基本的にはおっしゃるとおりだと思います。

○横路委員 先ほど、先生最後のところで、例えば余りにも中央集権的な官僚システムというものが今改革しなければならない課題だということをおっしゃいましたが、確かに、憲法の中で、ちょっと残されたところが中央集権的な官僚システム。結局、戦争を遂行していく中で、むしろ権限を持っていったわけですね、経済的なコントロールから何から全部持っていったわけですから。それが残って、ある意味でいうと、地方自治という項目も入っていますが、もっと改革すべき点が若干残ってしまったということも言えるのではないかと思いますが、その点はどうでしょうか。先ほどの、今改革すべき課題ということと重ねてお答えいただければと思うんです。

○進藤参考人 官僚改革の核は何なのかということを考えてまいりますと、政治学、国際関係をやっている立場から申し上げますと、やはりこれは地方分権化と車の両輪なんだというふうに思います。中央集権化が進めば進むほど官僚機構は強化せざるを得ない。だから、まず地方分権化という地方自治の動きを強めていくことなんだろうというふうに思います。これはまさに未完の課題であり、二十一世紀に向けた、日本が二十一世紀の新しい国際社会に入っていく一つの課題なんだ、もう一度国際社会にいわば復帰するというのか、日本が第二の敗戦から立ち直るための課題なんだというふうに申し上げていいと思います。
 もちろん、内務省解体は、形は行われたわけですけれども、結局、この三十年、四十年たって、内務省の復帰というのは、政治学の立場から見ると少なくとも現実であります。地方自治体の首長の何割かが自治省の出身者であるとか、副知事が自治省から来ているとか、これはやはり憲法の精神と乖離しているんじゃないかなというふうに私は思います。もっと地方自治の首長が本当の意味で公選ができる仕組みというものをつくっていかなきゃいけないと思うんですよ。
 憲法制定過程を見ますと、アメリカ側は地方自治の首長、地方自治の公職の選挙ということを書き込むんですけれども、日本側はそれを消すんですね。消したのに気づいて、またアメリカ側はそれを書き込ませるという、このやりとりがあります。
 それをちょっと考えると、まさに官僚改革というのは、我々に課せられた、次世代を含めて課せられた、古くて新しい課題だというふうに申し上げていいかと思います。

○横路委員 ちょっと地方分権の話になりましたが、新しい中央省庁の仕組みが来年からスタートするわけですが、中身を見ていますと、どうも権限がほとんど移っていませんで、権限は持ったままですから非常に巨大な官庁が誕生するということで、これは本当に地方分権の流れに沿うものかどうかというと、むしろ中央集権化が強まるんじゃないかと思っています。
 憲法の議論の中で、例えば、地方分権を進めるために憲法を改正しなきゃいけないという議論もあるんですよ、出てくるんですね。私は、もちろん、これは法律で十分改革できるというように考えていますけれども、先生はその点いかがお考えですか。

○進藤参考人 村山内閣時代に地方分権法ができました。これは、私は、ある意味でやはり画期的なことだと思うんですよ。これは例の五十嵐広三氏が、彼が大臣に就任する一年前から自治省の役人と議論し、基本的な線をつくり上げていった。しかし、その詰めの段階で次々に骨抜きにされていったのが実情じゃなかったかというふうに私は考えております。
 ですから、じゃ、地方分権を憲法の中に書き込んで一体地方分権が実現できるのかというと、これは話が違うと思うんです。これは環境権と一緒であって、なぜ基本法段階でまずつくり上げていかないのか。それこそ地方分権の仏をもう一度つくり直す、もっといい仏にしていくべきじゃないのか、あるいは地方分権という仏に魂を入れることじゃないかというふうに私は思います。
 おっしゃるとおり、巨大官庁ができ上がって一体どこまで地方分権が実現されたのかということに対しては、私は大変疑問を感じております。これは、日本の国力の、やはり、決して活性化じゃなくて、衰退を促していかざるを得ないんじゃないのかなというふうに思いますが。

○横路委員 制定過程にちょっと戻しますと、私は、ワイマール憲法についても議論がこの時期に行われているというのは本当に驚きなんです。ワイマール憲法、どうしてその憲法体制が崩壊してナチスがその後登場していったのかということは、ずっとその後大きな課題といいますか、議論になっていたわけですが、もう早くも四〇年代にそういう議論が行われ、そしてそういう中で、日本的な文化といいますか、考え方を踏まえた上での新しい体制をどうつくるかという議論が行われて、ワイマール憲法の中の生存権、社会権という考え方が憲法の中に生かされていくというこの過程は、本当にすばらしいことだと思うんです。
 先ほど、十四人の方の小委員会における議論ですか、私ちょっとそれを拝見していませんので、きょう先生からお話を伺って、ぜひ目を通してみたいと思っていますが、そのときの議論、いわば将来に向かって前向きに考えて議論をしたということがやはり大変すばらしいと思うのです。その議論の過程を少し御紹介いただければと思います。

○進藤参考人 これが、二冊が小委員会の報告された、これは皆様お手元にもう官報であるんではないかと思うんですが、この中で議論しております大きなことは、あえて三つというふうに申し上げます。
 一つは、今おっしゃっておられたように、ワイマール憲法に引きつけて、社会経済的諸条項をつけ加えることが、完備することが、強化することが基本的人権を強化することにつながるんだ、それなくして基本的人権は強化されないんだというこの考え方が、これは特に鈴木義男氏、それから森戸辰男氏、この二人と、自由権でいいんだということを主張する当時の日本進歩党それから日本自由党の先生方の間で議論のやりとりがあります。いわば芦田さんはその仲介をとるわけですが、結局、その結果でき上がった諸条項が、例えば、憲法二十五条の健康で文化的な生活を保持させるという条項が新しくつけ加えられるし、あるいは義務教育の無償化という条項、これも今までなかった条項であって、義務教育を無償化しなければ、善良で、のみならず賢明な市民が、強い市民社会が生み出されてこないんだという形での議論がそこで展開されるわけです。
 私の言葉を使えば、いわば日本近代社会の修正資本主義化といいましょうか、社会経済条項を強化することによって市民社会を強化する議論がここで展開された。
 二つ目は、やはり主権の問題です。主権の問題も、その時点で十分議論されていなかった、まだ揺れ動いていた、天皇主権なのか国民主権なのか、この議論がそこで詰められております。
 それと、三つ目、あえて申しますと、これもやはり自衛力の問題に絡んでいるというふうに申し上げていいかと思います。
 ちょっと私もこの議事録をもう一度皆さん方と一緒に精読し直して、このあたりのことを、二十一世紀に向けてそこから何を読み取れるかということを読み直してみたいと思っておりますが、ただ、私はお願いしたいのは、制定過程の中からすべてを手に入れるということをもちろんお考えになっていらっしゃらないと思いますけれども、むしろ、制定過程を超えて新しくどんな政策が我々にとって求められているのかという、二十一世紀への国の形づくりに向けて、皆さん方の御議論を、力を、エネルギーを、時間を注いでいただきたいなというふうに思います。

○横路委員 ワイマールのことに触れたのは、最近の日本の社会の中でも、例えば機会の平等さえあれば結果の平等はどうでもいいといいますか、そういう議論というのはあるわけですね。本来、やはり政府の果たす役割というのは、ワイマール憲法ではありませんけれども、しっかりあるんだというように思います。
 時間がもうなくなりましたので、もちろん、私ども、憲法をこれから考えていく上で、ちょうど二十一世紀が来るわけですね。ですから、二十一世紀の日本の姿、あるべき姿というのを見ながら、じゃ、どういう原理原則を持った国であったらいいのかということにこれから議論が進んでいくんだろうと思うんですね。
 例えば、百年後の日本ではっきりしているというか、今言われているのは、人口が六千七百万人に減ってしまいますよということになるわけですね。そうしますと、アメリカやオーストラリア、ヨーロッパ諸国なども、外国の人々といいますか、ほかからの移住を受け入れるとか、いろいろな文化、民族の人々と一緒に共存している社会になっていっているわけですね。では、日本はそういう社会になっていくんだろうか。その場合の、例えば憲法的な原理原則というのは今の憲法でいいのかどうかとか、いろいろ将来の社会を見ながら議論をしていかなければいけないというように思っています。
 いずれにしても、制定過程を含めてこれから時間をかけて議論をしていきたいと思います。
 先生、先ほど幾つか制度的な改革について触れましたけれども、そして、三つの原則ということもお話しされて、その三つの原則が二十一世紀の日本の社会にやはり原則だというようなお話をされたと思うんですけれども、それだけで十分なのかどうなのか。新しい原則も必要になってくるかもしれませんし、その辺のところはどのようにお考えでしょうか。これで質問を終わりますが。

○進藤参考人 小委員会に即して言うと、例えば労働権、女性解放それから教育の充実、このあたりが私は恐らくこれからの日本の課題かなというふうに思います。少子化問題。ヨーロッパを歩いていますと、やはり教育にお金がかからないし、女性が職を持つし、そのこと自体が女性の働く場所を確保し、同時に賃金格差を少なくし、労働のフレキシビリティーを高めていく、こういった議論がここから幾らでも出てくるというふうに思います。
 私は、やはり国際化と情報化と市民化というこの三つの流れが、二十一世紀の新しい流れだと見ています。残念ながら、日本は国際化に対応せず、情報化に対応せず、つまり情報産業革命化に対応せず、それから市民社会化に十分対応していない。
 市民社会化に関して言えば、NPO法案ができたけれども、NPOを一つつくるのにどれだけの時間がかかるのか。これに対するタックスエグゼンプション条項すらない。寄附を得ることはできないわけですね。これは、アメリカではもう既に何十年前からでき上がっているわけですよ、ヨーロッパでも。
 それから、例えば教育に関して言うと、日本の教育というのは、今先進国の中で最も金がかかる教育の一つになっているわけですよ。その上、なおかつ、日本の教育の、大学を私学化していくという動き、エージェンシー化の動きがありますよね。もっとも、大学の教師が勉強しないということも非常にありまして、これは我々としてももっともだというところもたくさんあるんです。しかし、やはりアメリカにしても、各州に幾つもの州立大学があって、教育の公的補助というものを軸にしている現状も我々は見据えていかなきゃいけないし、同時に、ヨーロッパで、情報産業、情報革命に対応するために高度な教育を持った職業人をつくり上げていくという、これはヨーロッパの諸国は幼稚園から大学まですべて授業料はただで、外国人も無料である。
 こういった、やはり、この小委員会でも議論があるんですけれども、才能あっても資本なくして教育を受けることのできないこの戦前日本を変えなきゃいけないというのは、議論の中心になっているんですよ。僕は、形を変えて、二十一世紀に向かって、才能あって資本がなくて教育を受けることのできない人たちというのはそれなりに出てきているんじゃないか、それなりというよりも、それがやはり一つの軸じゃないかなと思いますね。形を変えてですよ、貧乏人がふえているという意味ではなくて。
 例えば、日本の大学では外国人は来ないんです。なぜかというと、高くてこんなところへ来られないんですね。英語教育も十分なされていないから、英語も通用しない。韓国にしろ中国にしろ、小学校一年からパソコンが義務化され、パソコンを無料で貸与する、あるいはパソコンを安く買うことのできる仕組みができている、それから英語教育が、小学校一年から第二外国語、第一外国語として義務化されている、こういった新しい流れに対して、もっと日本の政治は前向きに対応していただきたいなというふうに思います。これは、憲法の問題じゃなくて我々の政策の問題というふうに思いますが。

○横路委員 どうもありがとうございました。